言葉にしなければ分からないもの(8)
翌日は午前中には国境に着いた。だいたい防御壁が張ってある所が、エンダストリアとアメリスタの境らしい。初めて見る防御壁は淡い緑の透明なもので、それが何枚か重ねて張られているため、向こう側は磨りガラスごしに見たような感じだった。どうにかして、壁の向こうに見え隠れするエンダストリア兵にコンタクトを取らなければ、私達は国境を越えることができない。こちらも北側と同じく、見張りの兵士達が所々に配置されているが、最前線だからだろう、皆視線が鋭く、酒盛りに誘えるような隙はない。
「向こう側に呼びかけるにしても、まずはこの辺りにいる見張りを何とかせねばな」
皆で茂みに隠れながらの作戦タイム。開口一番はフォンスさんだった。肉眼で見える兵士の数は4人。遠くにいる兵士達に気付かれないよう、こっそり倒さなくてはならない。
「俺がやろうか?一発で即ぶっ倒れるぞ」
ディクシャールさんがポキポキと指を鳴らしながら言った。
「駄目だ。お前は目立つ。殴る前に仲間を呼ばれる」
「…悪かったな……」
フォンスさんに即答で却下され、ディクシャールさんは不満げな顔をした。確かにこの巨体は目立つだろうなあ。昨日小川脇の茂みから出てきた時も、ガッサガッサ音がしてたし。
「…ヴァーレイ、一緒に来れるか?」
「はい」
今回は第3隊コンビで行うことにしたようだ。足の怪我は大丈夫なのだろうか。
「トニー、足は大丈夫なの?」
「ああ、全力疾走しなけりゃ平気さ」
「そう?ならいいけど……」
今日は昨日のように左だけ庇うような歩き方ではなかったが、本調子ではないようだ。トニーとフォンスさんは、相談してそれぞれ狙う兵士を決め、私達に向き直った。
「しばらく向こうへ行っていなさい」
「え?けっこう見張りから離れてますけど、ここもヤバイんですか?」
軽い気持ちで聞き返したら、彼は少し眉間に皺を寄せた。何かまずいことでも言ったのだろうか。駄目だ、さっぱり分からない。リリーが言ったようにこの人の考えてることを汲み取るなんて、実際はかなり至難の業だ。
「…ごめんなさい」
何だか釈然としないがとりあえず謝ったら、ディクシャールさんがフォンスさんの背中を小突いた。
「ちゃんと皆まで言えと、昨日言っただろう」
「…サヤ、ここからだと兵士達の倒れるところが見えてしまう。南の見張りはかなり訓練されているから、気絶させるだけでは済まないかもしれないんだ。一般人の君とリリシアにはあまりそういう場面を見せたくない。だから、もう少し向こうへ行ってくれ」
フォンスさんはディクシャールさんをチラリと睨んだ後、眉間の皺を消して言い直した。そっか、また怒ってるんじゃなかったのか。
「分かりました」
ホッとして素直に返事をすると、彼は私の頭にポンと一度触れて、「いい子だ。」と言って微笑んだ。ひ、久しぶりの微笑みだあ!これが見たかったのだ。やっとお目にかかれた。私を調子に乗らせて舞い上がらせる、最強スマイル。ああいけない、涎が出そう。
「ぼうっとするな、小娘。移動するぞ」
脳内をピンクに染めて感動の余韻に浸っていると、フォンスさんとトニーは既に行ってしまっていて、性悪うさぎの無粋な声で我に返った。
「フォンスさんに何吹き込んだんですか?」
大きな背中に追いついて尋ねた。
「人聞きの悪い言い方をするな。俺は忠告しただけだ。言わないことを美徳としていても、誤解を受けるだけだと」
「ふうん。ま、おかげで久々にフォンスさんの笑った顔が見れたから、ありがとうございます」
何だか性悪うさぎにお膳立てしてもらったような気分だ。でも悪くは無い。
「私は馬鹿でかい背中が邪魔で、せっかくの笑顔が見えなかったわ」
横からリリーが口を尖らせて文句を言った。
「あなた、恋敵やめるんじゃなかったの?」
「あら、やめても鑑賞はするわよ。あの方が素敵なことに変わりはないし。目の保養のチャンスが熊の背中に遮られ…いたっ!」
とうとうリリーもディクシャールさんにこめかみをはじかれてしまった。
「最近の小娘は皆一言多い。お?蚊トンボが止まったか?」
仕返しに性悪うさぎの背中を殴って、逆に自分の拳を痛めたリリーに、今度家にあるディクシャールうさぎのこと教えてあげようと思った。
トニーとルイージの番外編は、本編完結後に執筆します。
気になる書き方をしておいて言うのもなんですが、もうしばらくお待ちください。