言葉にしなければ分からないもの(7)
トニーの足は、私とリリーのポケットに入っていたハンカチを汲んできた水で濡らし、それを乗せて冷やした。彼は目が合うと、「ありがとう…」と小さく微笑んだ。その後、ディクシャールさんが採って来た果物や木の実を皆で分けて食べたのだが、この旅で一番ムードメーカー的な存在で元気だったトニーが落ち込んでいると、食事の雰囲気は重々しくて居心地が最高に悪かった。
いたたまれなくて、外の空気を吸いに出ると、リリーがついてきた。
「それでどうよ?」
「はあ?」
何の前置きも脈絡もなくリリーが聞いてきた。
「ダントールさんのことよ。あなたとどんな再会をしたのか、私は見てないから」
一番状況が分からないのはリリーだろう。嫌なことはあまり思い出したくないが、彼女がミシェーラさんを呼んでくれたおかげで、私達は無事に屋敷を出られたのだ。話しておいた方がいいだろう。
「…ああ、そうだったわね。私を見た瞬間、思い切りしかめっ面されたわ。何故来た?って」
「そんなこと言ったの?つれないわねえ。私はもっと感動の再会をしたんだと思ってたわ」
「私だってちょっとは期待してたわよ。でもアイツと一緒だったから、仕方ないと思う。どうやら私を脅しに使われてフォンスさんはアメリスタに入ったみたいだし」
今まで甘やかしてくれた人にいきなり険しい顔をされたら、その戸惑いはすぐに消せるものじゃない。あれからフォンスさんは弁解をするわけでも、機嫌を取ろうとするわけでもない。小川でも私に話を聞いて、また険しい顔をする。もう甘やかしてはくれないのかもしれない。
「トラウマになりそう…。脈無しなら、もっとちゃんと突き放してくれたら楽なのに」
今夜は満月だ。日本で見るものより一回り大きなそれを眺めて呟くと、何だか泣きたい気分になった。
「…サヤ、脈無しじゃないから突き放さないのかもよ?」
「何言ってんの。恋敵のあなたが私をおだてても、何も出ないわよ」
リリーからそんな言葉を聞くとは思わなかった。私はそれを聞き流し、廃墟の壁に背中を預けて座った。
「私ね、恋敵やめるわ」
「……!」
隣に座ったリリーの告白に、言葉が出なかった。
「私、ずっとダントールさんのことばかり追いかけてて、周りを見てなかった。他にもっと見なくちゃいけないことがあったのに。トニーがああなってしまうまで、気付かなかったの。引き金を引いたのはアイツよ、キート。でも、私が普段からあの子のことを見てあげてたら、あそこまで傷つかなかったかもしれない。両親が死んでから、私はダントールさんに夢中になってて寂しくなかった。その間トニーは…おいてきぼりだったのよ。だから何かと味方になってくれるサヤを好きになって、求めたんだわ。本当はその前に、たった一人の肉親である私がついていてあげるべきだった。今更後悔しても遅いけど、これからは私が、トニーの一番の理解者になるつもり。あの子がちゃんと一人前の男になるまでね」
「リリー…、アイツはトニーに何か酷いことを言ったの?」
「心配しないで。これは私達姉弟で向き合わなきゃいけない問題なのよ。あなたがそんな不安げになるべきことじゃない。私達のことを気遣い過ぎてたら、大事な人の中に巣くう闇が見えなくなるわ。ダントールさんは自分から苦しいとか辛いとか、絶対言わないから、感じ取ってあげられる人が必要なんだと思う。脈無しとか言ってないで、まずはその役をあなたが買って出たら、彼も必要としてくれるんじゃない?これが私が長年情報収集して研究した、ダントールさん攻略法。私は使う前に諦めるから、あなたがやってみなさいよ」
胸が痛くなった。やっぱり私は、フォンスさんに自分の気持ちを押し付けようとしてただけだったのかもしれない。私を好きになって!私を理解して!と。その反面、あまり思っていることを語らない彼を理解しようとはしていなかった。
「リリー、今からでも間に合うかな。私は王宮に戻ったら、元の世界に帰ることになるかもしれない。」
「…急ね。またこっちには来れるの?」
「どうかな。バリオスさんが召喚術を使わなきゃ、向こうの世界からはどうにもできないから、この世界の誰かが私を必要としてくれないと来れないわ。フォンスさん攻略が間に合わなかったら無理かも。」
リリーは俯いた私の頭をそっと抱き寄せた。
「私はサヤのこと好きだし、必要な友達だと思ってるわ」
「ありがとう…。私も好きよ」
私はリリーの体に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。