言葉にしなければ分からないもの(6)
私の話が想像の域を超えていたからだろう、フォンスさんは最初、戸惑っている様子だったが、私が本気な表情を崩さずにいると、ようやく事情を飲み込んだようだった。
「アメリスタ公は異界人の子孫だったのか。遺言のために独立を……」
「ええ、だから戦わなくても休戦してくれたら、バリオスさんに召喚術を使うよう、私が個人的に交渉しますよって言ったんです。国王様は揉み消された歴史までは知らないからか、私が帰還方法を探すのは許してくれましたけど、アメリスタの要請で召喚術を使う許可を出せるかどうかは分かりませんからね。バリオスさんがもし渋ったら、旅に出る前に保存の術っていう、新しい応用魔術のヒントを彼にあげたんで、それを脅しにでも使いますよ。魔術オタクの性格はよく分かってるつもりです」
話している内に小川に着き、私は器に水を汲んだ。その間もフォンスさんは険しい顔のまま考え込んでいる。
「とりあえず、アメリスタが休戦するって言ってきたら、バリオスさんと召喚の時にいた彼の部下何人かは、防御壁から外して欲しいんです。それから、チャンスだと勘違いして、エンダストリアから一気に攻め込まれから全て水の泡なんで、国王様や上層部にはフォンスさんから上手く言っておいてください。その辺は私じゃどうしようもありませんので」
かなり事務的な言い方になってしまったかな。でも一回下がったテンションは中々上がらない。
「その…帰還方法というのは安全なのか?」
「分かりません。本当に帰れるかは賭けです。だからアメリスタ公は、私の強運に賭けると言ったんです」
私が他人事のように軽く言った途端、フォンスさんの顔が更に険しくなった。やだなあ、さっきからずっとこの顔ばっかり。劣勢でヤバイ状態だったのが、上手くいけば休戦、遺骨が届けば終戦になるかもしれないのに、何故喜んでくれないんだろう。私、けっこう頑張ったのにな。
「そんな不確かで危険なこと…。何故アメリスタのためにそこまでする?」
低い低い声。とうとう私も彼を本気で怒らせてしまったのだろうか。何も悪いことはしていないはずなのに。
「…これ以上犠牲を出さずに戦争が終わるよう交渉したのに、どうしてそんなに怒ってるんですか?もしかして、私がアメリスタ側に寝返って、何か企んでるとか、疑ってます?」
ああ、自分で言ってて悲しくなってきた。でも他にフォンスさんが怒る理由が思い浮かばない。
「そうじゃない!戦争に巻き込まれただけの君が、危険を冒してまで遺言通りにする必要があるのか?」
"巻き込まれただけ"か…。フォンスさんにとっては、私はいつまで経っても被害者であり、部外者なのか。覚悟を決めた今の私には、それを言われるのはキツイ。
「休戦することで、アメリスタは長年の目的を果たせるかもしれない。私は帰れるかもしれない。利害が一致しただけです。危険を冒すのは当然ですよ。私のためでもあるんですから。それでもし戦争が終われば、私がこの世界であがいた甲斐もあると思いませんか?もうここで大切な人がたくさんできてしまったんです。今更被害者面だけするつもりはありませんよ」
未だ顔の緊張を緩めないフォンスさんが口を開こうとした時、近くの茂みがガサガサッと音を立てた。そこから大きな影が出てくる。獣か!?
「小娘はいつも一言多いが、フォンス、お前は一言も二言も足りない」
「…なんだ、ディクシャールさんじゃないですか。脅かさないでくださいよ。熊かと思ったわ」
出てきたのは、両手に美味しそうな果物を抱えたディクシャールさんだった。
「阿呆、熊ならフォンスがとっくに気配を察知して、身構えているだろう。そんなことよりフォンス、女相手に威嚇するなと俺に説教垂れるお前が、小娘を睨みつけてどうする?」
「そんなつもりは…」
「つもりはなくても、小娘はそうは思っていないだろう。何故一言"お前の身が心配だから危険なまねををするな"と言えんのだ」
もしかして、フォンスさんは怒ってたんじゃない?心配してくれてた?怒った時と表情が一緒だからややこしいなあ。気落ちしていると、どんどん思考がネガティブになっちゃうから、怒っていると早とちりしてしまった。
「すまない、サヤ。君に危険なことをして欲しくないんだ。…っ!」
フォンスさんがバツが悪そうに謝った直後、ディクシャールさんが後ろから彼の背中を小突いた。
「それは俺が言ったセリフそのままじゃねえか。応用して"帰るなんて言わずに側にいてくれ"くらい言っとけ、この朴念仁」
「な、何を言い出すんだ!?」
「そうやって驚く時も、顔を赤くしといた方が効果的だぞ」
そりゃ応用の域を超えてるだろうに。さすがバリオスさんに女の口説き方を伝授しただけあってぶっ飛んでいる。
「はいはい、もういいから二人とも早く戻りましょう。ディクシャールさんもさっきの話、聞いてたなら事情を理解していただけましたよね?王宮に戻ったら、よろしくお願いしますよ」
何が楽しくて、私に向くことの無い恋愛講座を聞かにゃいかんのだ。馬鹿馬鹿しい。心配はしてくれても、側にいろとは言わないだろう。同情と愛情は別物だ。
「おい小娘、お前も何か怒ってないか?」
「…バリオスさんの時みたいに、恋愛講座のシミュレーションに使われたくありませんから」
「シ、シミ…?」
「模擬実験のことよ」
それだけ言うと私は身を翻して、さっさと歩き出した。




