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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
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世の中所詮そんなもの(5)

 ダントールさんが部屋を出た後、少ししてからトニーが朝食を持ってきて、テーブルに置くと「後で食器を取りに来る」と言って出て行った。内容は昨晩のメインの肉がオムレツもどきに変わって、フルーツが添えられているくらいの違いだ。少食というわけではないが、一人暮らしで朝食には手を抜いた生活をしていたので、いきなり朝からきちんとした食事を出されると食べきれるか不安になった。作ってもらっておいて残すのも悪いし。

 実は昨日の夕食を残してしまったのだ。パンと野菜スープはいい。問題は肉だった。一言で言うと、でかいのだ。だいたい4cmは厚さがあったと思う。縦にも横にもでかい、正体不明の赤身肉がきっちりウェルダンに焼き上げられて、皿の上にでんっ!と鎮座していたのだ。食べど食べど、味はずっと同じ塩と香辛料のみ。パンにはさんだり、スープと交互に食べたりしてみたが、量の多さと味のマンネリで、どうにも食べ切れなかった。勿体無もったいないとは思ったけど。

 「もしかして、多かった?」

やっぱり途中から苦しくなって四苦八苦していると、食器の回収に戻って来たトニーが言った。 そう、トニーと私は昨日既にタメ口で喋るくらい仲良くなっていたのだ。

「うん…ごめん。昨日のお肉がまだお腹に残ってる感じ」

「謝ることないさ。ここは軍関係者の宿舎と繋がった棟だから、よく食う奴がうじゃうじゃいるんだよ。だからこの棟の厨房も女の子の食べる量なんてわからなくて、男と同じ量を盛ったんだと思う」

そういうことか。何気にオムレツもでかかったし、パンなんて昨日より数が増えてたしな。

「僕も厨房に言っとくけど、目で見える形で残しておいた方が、どれくらい食べるのか分かりやすいから、無理しなくていいって」

「そう?わかったわ」

 それからまたトニーとお喋りを始める。 

 聞けばトニーは今日は休日らしい。せっかくの休みに朝から働かせて悪いと思った。でも、異国の話が聞きたくて、自分からやってることだから気にするなと彼は言う。ということは、彼から朝食運びの話をダントールさんに持ちかけたのだろうか。本当に良い子だ、癒される。

 異国の話と言っても、未だ召喚のことを知らないトニーに、科学の発達した私の世界をそのまま話すわけにはいかない。さっきの食事の話に続けて、食べ物の違いあたりが無難だろう。特に納豆の話は盛り上がった。

「え~!腐った豆なんて食えんの?」

「腐ってないって。発酵してるだけよ」

「でも臭いんだろ?」

トニーは信じられないといった風に顔を歪めた。

「うん、臭いしネバネバの糸を引いてるわね」

「それを腐ってるって言わないのか?」

「言わない。食べてもお腹壊さないもん。逆に健康に良いって言われてるし」

 世界は違えど、ジャパニーズフードへの外国人の反応は似ているようだ。

「ワザと豆を腐らせんの?」

「腐らせないけどワザと発酵させる。茹でた大豆っていう豆をわら…小麦とかの茎を干したものに包んで、生暖かい所に1日放置してできあがり」

「豆は煮たらそのまま食おうよ……」

わかってないなあ。こういう発酵と上手く付き合うことによって、日本の食文化が多彩に発展していったのに。醤油も味噌も日本酒もお酢も、みんな発酵食品だ。微生物様々さまさまである。

「トニーがいつも食べてるパンだって、練った小麦粉を生暖かい所に放置して発酵させるでしょ?それの豆版だよ。焼いて食べるか生で食べるかの違いだけ」

「そっか。それもそうだな」

ようやく納豆を理解してもらえたようだ。

 話していたら日本食が恋しくなった。まだここへ来て一日しか経ってないけど、エンダストリアの味付けは、日本人には少し大雑把過ぎる。あ、つい遠い目をしちゃった。

 「…なあ、エンダストリアでニホンと似たような材料見つけたら、作ってくれよ。ナットーってやつ、食ってみたい」

優しい子だね、トニー。






 「また一緒にいたのか。仲良くなったんだな」

気が付いたら昼過ぎになっていたようで、ダントールさんが迎えに来た。

 因みにエンダストリアでは1日2食らしい。朝食があんなに多かったのは男の量と言うだけでなく、昼食がないからというのもあるだろう。

「はっ!異国の話は大変興味深く、今まで話し込んでおりました!申し訳ございません!」

昨日と同じく、トニーは慌てて立ち上がると、大きな声で言った。

「謝る必要はない。彼女はここで知り合いがいないんだ。年の近い友人ができたのならその方がいい」

どちらかと言うとあなたとの方が近いんですが…と言いかけてやめた。危ない危ない。今の私は21~22歳の設定だった。でもやっぱりダントールさんも私を7,8歳若く見ていることが分かった。

 「あの、さっきまでトニーと話してたことなんですけど、ダントールさんって、結婚の誓いについてどう思いますか?永遠に愛するとか、一生幸せにするとか」

「いったいどうしたんだ?」

 今日分かったこと。トニーはダントールさんに憧れているということ。しかもかなり尊敬、というよりは陶酔に近い。昨日隊長の代わりに訓練の報告に来たのだって、ダントールさんに会いたいから自分で志願したらしい。かわいい顔して意外に積極的なのだ。

 「トニーは誓えないんですって。それで友達からおかしいって馬鹿にされたり、女の子に振られたり…」

「サヤ、いいってその話は」

トニーは小さな声で止めようとした。でも聞いてみたいって言ってたじゃない。

「何故?」

ダントールさんの静かな声が響いた。

「え…?」

憧れのダントールさんから仕事以外のことで話しかけてもらえるなんて思ってもみなかったのか、トニーは目を見開いて言葉に詰まった。

「ああ、別に責めてるんじゃない。何故誓えないと思うのか、トニオン・ヴァーレイ、君の個人的見解を聞いているんだ」

「あの、それは……」

がんばれトニー!私は拳を作り、心の中で応援した。

「下級兵士の私が言うのはおこがましいかもしれませんが、戦場に行く以上、いつ死ぬやもしれません。なので、愛する女性を"永遠"なんて言葉で縛り付けたくありませんし、まして"一生幸せに"なんて保障はできないと考えております。それを易々と神の前で誓うことに抵抗があるのです」

「…か………かっこいーー!口先だけの誓いよりずっと誠実な愛情だわ!」

「サ、サヤ!?」

お姉さん感動した。耳を真っ赤にしてたけど、それだけトニーが兵士の結婚について真剣に考えているってことだろう。

「ヴァーレイ、今度女性に振られそうになったら、今と同じように言いなさい。そうすればもう振られないだろう。馬鹿にする友人にもな」

「はっ!ありがたいお言葉でございます!」

ダントールさんが微笑みながら言うと、トニーは嬉しそうに返事をした。

 それにしても「結婚」か。向こうでも無縁だったけど、こっちじゃもっと無縁だろうなあ。

 そんなことを考えている自分が、まさか無縁じゃなくなるなんて、この時は知る由もなかった。


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