望まない人ほど会ってしまうもの(3)
侍女達が多くいるところに、アメリスタ公の一族の住む部屋があるのだろう。玄関からそこまでの道のりは最低限覚えておかなくてはいけない。隙を見て逃げたところで、迷子になってしまったら意味がない。そう考えて私はルイージと出くわした玄関まで戻り、目印になるものを覚えながら、屋敷の中をうろうろした。
「あ、ミシェーラさんだ……」
前方の階段に、大きな洗濯カゴを2つ重ねて降りてくる、ミシェーラさんを見つけた。そういえば昨日、このくらいの時間に洗濯物を受け取りに行ったっけ。今日は一人で運んでいるようだ。
「手伝いますよ」
「ん?あら何だ、あなただったの。準備は終わったの?」
ミシェーラさんは目の前までふさがれている2段のカゴの横から、器用に顔を出して声をかけた私を確認した。
「ええ。大変そうだから、一つ持ちます」
「もう上がったのに悪いわねえ。助かるわ」
小さい方のカゴを渡され、昨日と同じように二人で洗濯場まで運んだ。
彼女は基本的に口調がキツイ。でも間違ったことは言わないし、面倒見も良い。こうやって力仕事を一人でやらされていても、お風呂に入るとどうでもよくなるからと、文句も言わずに黙々とこなしている。最初は見た目にびっくりするが、昨日今日と一緒にいると、近所のしっかり者のお姉さんといった感じの人だということが分かった。
「ミシェーラさんともう少し一緒に仕事がしたかったです」
洗濯物を仕分けながら、私はポツリと言った。
「何よ、急に。そんなこと言われたのは初めてだわ。皆の嫌われ者よ。私は」
「上に立つ人間は、嫌われ役を買って出るものじゃないですか。最初は怖かったけど…人柄はけっこう好きですよ。何かと面倒見てくれるし」
「そう?ありがとう。忙しいとつい怒っちゃうけど、私もあなたみたいな鈍臭い子の面倒見るの、嫌いじゃないわよ」
照れ隠しなのか、褒めてるような貶してるような、よく分からない返事をもらった。
「そうだ、昨日の熊みたいな人のこと、分かりましたよ」
「もう?早いのね」
「ええ、本人に直接聞きましたから。ラビートさんって名前らしいです」
意地でもここでの姓は言ってやらん。
「本人に!?見かけによらず大胆なことするのねえ…。ラビートさんか。でも私みたいなでかい女は相手にされないわね」
「分かりませんよ?豊満な女の人が好みだって言ってましたから」
「フフッ馬鹿ね。男の言う豊満ってのは、胸とお尻限定よ。胸より腹の方が出た女じゃないわ」
ミシェーラさんはまるで過去に色々あったかのように、自嘲気味に笑った。
「痩せたらボンキュッボンのいい女になりそうだと思いますけど」
「これでも頑張ったことはあるのよ。でも、意思が弱いのかしらね。全然痩せない。あなたみたいに小柄だったら今頃幸せ掴んでるかもって思う。私じゃ可愛く寄りかかろうにも、相手が潰れちゃうわ」
いやあ、幸せ掴めてないんですが。立派に行き遅れ気味だ。母親にも諦められてるし。
「世の中には色んな人がいますから、小柄でなくても幸せは掴めますよ。因みに私、ラビートさんには貧相って言われましたからね。酷いでしょ?豊満で、気の強い女の人が好きなんですって。でも奥さんの気が強過ぎて怖いから逃げてきたらしいです。独り身同然ですよ」
以前性悪うさぎが言っていた事を思い出した。彼がどんな好みをしていようが関係ないが、言われたらむかつくものだ。フォンスさんまで豊満が好みだったらどうしよう。泣くぞ。
「そう…。じゃあ、もう少しお腹がへっこんだら、豊満で適度に気の強い女になれるかしら。でもラビートさんはやめておく。逃げてきたとは言え、奥さんのいる人は駄目よ。だけど探ってきてくれてありがとう。頑張ってもう少し痩せたら、幸せ掴めそうな気がしてきたわ。目標像があれば、気持ちも違ってくるもの」
そう言ったミシェーラさんに、もう自嘲気味な表情は見当たらなかった。
「豊満で気の強い女が好みの男を狙うんですね?」
「そうよ。あなたは小柄で抜けてる女が好みの男を狙いなさい」
「私達って、正反対ですね」
「ええ、男が被らなくて良いんじゃない?」
アメリスタ公爵夫人のスケスケネグリジェを広げ、きっとこういうのは私より、痩せたミシェーラさんの方が数百倍似合うんだろうなあと思った。
夜勤の時間が終わり、リリーにルイージ接触の件をかい摘まんで話した。先に逃げろと言ったら、ディクシャールさんの時みたいにごちゃごちゃ言われたが、部屋で大人しく待っていないと殺されると脅して黙らせた。
そしていよいよ次の日の昼、ルイージは来た。彼は部屋の中からリリーがビシバシ眼を飛ばしているのを綺麗に無視し、私を連れ出した。ディクシャールさん達はちゃんと跡をつけているだろうか。私からは全く分からない。まあ素人の私に分かるようなつけかたなら、諜報のプロであるルイージにもバレバレだろうが。
「フォンスさんに会う許可は取れたの?」
屋敷内を歩きながら聞いてみた。
「勿論。そういう要求があるだろうと旦那様も予想していたらしいよ」
何もかもお見通しか。これじゃ隙をついてフォンスさんを救出する作戦も見破られてるかもしれない。今更どうにもできないから、色々話しかけてルイージの気を逸らすか。ディクシャールさんファイト!
「前に召喚された異界人は凄い知識を持ってたみたいだけど、私は何も特別なことはできないわよ?」
「知ってるよ。だから王宮の外で普通に生活してたんだろう?旦那様にもそう報告してある」
「じゃあ、何のために会いたがってるのよ……」
呆れ気味の私の問いに、前を歩く彼は目線だけ後ろに向けて肩を竦めた。
「さあ?俺はしがない諜報員だから、旦那様の考えてることまでは知らないよ」
「あっそう。それにしてもさっきから旦那様旦那様って、そんなにアメリスタ公が大好きなの?使用人達に嫌われてまで尽くすなんて」
私が何気なく言った言葉に、前の背中が立ち止まった。
「大好きなわけでも、尽くしてるわけでもないさ。これが俺の仕事だからね。きっちりやらないと食っていけない。別にそのために周りから嫌われようが、どうだって良い。誰も信じないし頼らない。旦那様はそうと知ってるから、俺にこういう仕事をさせているのさ」
「ふうん…、若いのに人生投げてるのね」
どうやらルイージはルイージなりに苦労してきたのかもしれない。優男の顔と猟奇的な顔の二面性を持っていることから、普通に育ってきたとは思っていなかったが。
「同情してくれる?」
「して欲しいの?そんな義理ないと思うけど」
「ハハッ。しなくて正解だよ。甘ったれた感情を持たれると、殺したくなるから」
おお怖い怖い。なら聞くなよ。コイツとは極力関わらない方が良さそうだ。
屋敷の奥の奥。ここには使用人の姿は見えない。その突き当たりに大きな重々しい扉があった。ルイージはそれを開け、「どうぞ?」と私を先に促した。
「…変に気を使わないでちょうだい。あなたに背を向けるなんて、絶対嫌だわ」
「そんな毛嫌いしなくても、旦那様の命令だから襲わないよ」
そういう問題じゃない。後ろをつけているであろうディクシャールさん達のためだ。ルイージから少しでも距離を取らせるために、私は今まで話している時も彼の後ろ側を確保していたのだ。
「こんな薄暗いところ、転びそうだからあなたが前を歩いてよ」
「はいはい、分かったよ」
やがて地下へと続く階段が現れた。ランプの光に照らされた狭い通路は、薄気味悪いことこの上ない。その階段は長くは続かず、目の前が広くなったと思ったら、鉄格子が見えた。
「あ……」
階段より更に薄暗い鉄格子の向こうに、とうとう愛しい人を見つけた。