望まない人ほど会ってしまうもの(2)
明日の昼に部屋まで迎えに行くと言って去ったルイージと入れ代わるように、心配そうな顔をしたミシェーラさんが現れた。
「キートさんに何か言われたの?さっき彼にあなたの居場所を聞かれて、気になったから来てみたんだけど……」
別に口止めはされてないけど、下手に話したらミシェーラさんに迷惑がかかるだろう。当たり障りなく答えた方が彼女のためだ。
「あー…、そうです。明日から手伝ってほしい所があるから、持ち場を変われって」
「鈍臭いあなたを指名したの?知り合いか何か?」
「…まあ、親しくはありませんが、一応知ってます」
知り合いじゃなくて敵だが。2度ほど戦いもどきをしたこともある。
私の答えに、ミシェーラさんは心配顔を解かない。
「親しくなくて正解よ。彼は人当たりが良く見えても、裏で何やってるのかよく分からない人なの。普通の兵士じゃないみたい。例えば誰かと喋ってたら、いつの間にか後ろにいて話を聞かれてたり、侍女達に次々と手を出して、兵士や使用人達の情報を聞き出そうとしたり…。噂じゃ、裏切り者を摘発してるって言われてる」
ええ、そうでしょうとも。ネスルズでも似たようなことやってたし。ルイージって、アメリスタでもけっこう自分のイメージを犠牲にして、仕事に励んでいるようだ。尽くすねえ、旦那様に。
「心配していただいて、ありがとうございます。ああいう優男は好みじゃないんで、親しくはなりませんよ。明日から持ち場を変わるんで、準備しなくちゃいけないんです。玄関掃除はこれくらいで良いですか?」
「十分綺麗になってるわ。準備があるなら上がっても構わないけど…、キートさんと関わるなら、気をつけなさいよ?」
「はい」
下働きのボスにこれだけ警戒されてるなんて、ルイージは相当ヤバイ奴なのか。スタンガン持ってる時もかなりプッツンきていたが、持ってない時もヤバイって、どんな育ち方したのだろう。
準備があるなんて嘘だ。ディクシャールさんかトニーを捜す時間が欲しかっただけ。アイアン・クローを恐れている場合じゃなくなった。早く彼らに状況を話さなければ。
屋敷の庭をウロウロしていると交代の時間になり、敷地内を歩く兵士達の姿が増えだした。大勢の中から探すなら、トニーよりディクシャールさんの方が目立つ。うさぎのくせに、DXサイズのミシェーラさんに、初めて見る逞しさだと言わせたくらいだ。兵士の中でもあの大きさは珍しいはず。
「あっ!いた!」
予想通り、他より頭一つ抜けたディクシャールさんを見つけた。見失わないように、全力で彼の下へ駆け寄る。
「っ!お、お前っ!何でこんな所に!?」
私を見たディクシャールさんは、驚き過ぎて怒ることを忘れたようだ。
「はあはあ…、後で説明するから、ちょっと顔貸しなさいよ」
私はそう言って彼の腕をがっちり掴み、人気のない方向へ引っ張った。他の兵士達ギャラリーは、いきなり走ってきた下働きの女を見てざわつき出した。急いでて苛々してるのに、欝陶しいったらありゃしない。
「おーい、新人のオッサン!修羅場かあ?」
「アレか?怖い女房が追いかけてきたのか?」
「ガハハハッ!」
女房だと!?ぷちっ!
「うるさいっ!黙れっ!!」
「こ、こえぇ…」
怒鳴った私に、冷やかした兵士達がドン引きして道を空けた。
「…サヤ、あんなのにムキになって、何苛々してんだ。月ものか?」
「エロうさぎ、お前もか!?そんな悠長なこと言ってる場合じゃないわよ!トニーを探す時間はないから、とりあえず今のヤバイ状況を話すわ」
人のいない場所に移る必要性を察知したディクシャールさんは、私を倉庫へ案内した。
扉をしっかり閉め、私はルイージに言われたことと、お風呂で見たことを話した。
「ということは、当代のアメリスタ公ではなく、初代がお前の故郷と何らかの関係があるのかもしれんな」
「そうですね。その辺は明日会った時に聞いてみます。上手く逃げれたら、聞いたことを報告しますよ。それから、アメリスタ公と会う前に、フォンスさんに会わせてもらう約束をしました」
「本当か!?」
どうやらディクシャールさんはまだフォンスさんの居場所を掴めていないようだ。
「明日の昼、ルイージが使用人の宿舎まで迎えに来ます。フォンスさんが無事だと分かってからアメリスタ公に会うと言ってありますから、何とか私の跡をつけて場所を確認してください。きっと公爵は、私に会いさえすればあなた達を捕らえると思います。お風呂を見せるまでわざと泳がせていたみたいですから。無事の保証は会うまでしかされていません。だから、フォンスさんの居場所が分かった時点で、隙を見て救出してください。リリーは厨房にいますから、ちゃんと回収してさっさと屋敷から逃げて」
「…お前はどうするんだ?」
「私は…」
本当は皆と一緒に逃げたい。でも今のところアメリスタ公と接触できるのは私だけで、私が時間を稼がなきゃ、最悪の場合全滅だ。ここに来たのはフォンスさん奪還のため。それを最優先しなければ。
「私は自分で何とかします。公爵の機嫌を取って、しばらくここで逃げる隙を伺います」
「馬鹿野郎!どんな目的で公爵がお前に会うのか分からんのだぞ?向こうの当てが外れて、隙を伺う前に殺されたらどうするんだ」
「仕方ないでしょう?時間がないんです。明日中にフォンスさんを連れて出ないと、皆一緒に捕まっちゃいますよ」
それでもディクシャールさんは顔をしかめて納得しない。
「だがお前を置いてなど行けん」
「あの、旅の目的を忘れてませんか?フォンスさんを連れ戻すんでしょう?欲張ってあれもこれも守ろうとしたら、何も守れず終わっちゃいますよ」
そこまで言うと反論は来なかった。ディクシャールさんは不機嫌そうに黙り込んでいる。
「じゃ、明日はよろしくお願いしますね。リリーには今晩話しておきます。それから、ちょっと聞いても良いですか?」
「…何だ」
「一体何と言ってここに新人のオッサンとして入ったんですか?」
さっきの冷やかしの言葉を聞く限り、やっぱり新人として兵士に応募したようだ。それに"怖い女房"というのも気になる。
「ああ、元々農業やってたが、怖い女房から逃げるために、住み込みで働ける兵士になりたいって言ったらあっさり合格した。力が強そうだから是非来いだと。名前はディクシャールを使うとまずいから、偽名をつけた」
「へえ…だから怒鳴った私はその女房だと思われたと…。因みに何て姓にしたんです?」
不名誉な勘違いに少しうんざりしながら聞くと、ディクシャールさんはいつもの性悪な顔に戻った。
「カミカワと名乗った」
「はあ!?」
そりゃ私の姓じゃないか。ラビート・神川…うわあ…。性悪うさぎを婿養子にもらったみたいで胸糞悪い。
「何でその名前を知ってるんですか」
「お前が婚姻届にサインした後、フォンスが言っていたんだ。ニホンは一般人に姓が無い国なのかと思っていたら、ちゃんとカミカワという姓があったらしい、と」
「だからって何でそれを使うかなあ…。この辺じゃ不自然でしょう」
思い切り日本の姓だ。戦争中に外国の名前を使えば怪しまれるだろうに。
「そうでもなかったぞ。今アメリスタはほとんど鎖国状態だからな。変な安心感があるのか知らんが、耳慣れぬ姓を聞いても、まさか外国人がいるなんて思ってもいない様子だったぞ。とりあえず即戦力が欲しくて仕方ないらしく、戸籍証を怖い女房のいる家に忘れてきたと言えば、その確認も免除された」
「国境といい、門番といい、兵士の採用担当といい、戦争中なのにだいぶボケた国ね。良いのかそんなセキュリティで……」
「セキュ…何だって?」
説明する気も失せて、ディクシャールさんの問いには答えなかった。
「それじゃ、ここから先は私とディクシャールさん達は接触できないと思うので、どうやってフォンスさんを救出するかはお任せします。リリーは夜勤なんで、昼間は宿舎にいます。ウロウロしないよう言っておきますんで、彼女の回収も忘れずにお願いしますよ」
「後でお前も回収するからな」
「まだそんなこと言ってるんですか。お気持ちは嬉しいですけど、私のことは一番後回しで結構です。絶対フォンスさんを助けてくださいね。それで余裕があったら、私も回収してください」
私とディクシャールさんは表に人がいないことを確認して外へ出た。リリーは勤務時間が終わるまで厨房から出られないだろうから、それまでこの屋敷の道順とか配置とかを確認しておこう。自力でも逃げやすいようにしておいた方がいい。ちょっぴり方向音痴なんだけど……