望まない人ほど会ってしまうもの(1)
翌日の夕方になって、リリーは昨日と同じく厨房に駆り出された。一方私はミシェーラさんに言い付けられて、屋敷の玄関前に落ちている葉っぱを箒で集めていた。完全に私は雑用係である。まあ最初に鈍臭い子と思われるように振る舞ったし、実際厨房等で活躍できるようなスキルもないから仕方ないのだが。そしてここ、玄関前は兵士がよく通る。屋敷の中に出入りするのはある程度地位のありそうな軍人だが、交代の時間ともなると、下っ端もしばしば通る。ディクシャールさんとトニーが壁に貼られていた兵士の募集で入り込んだのなら、まだ彼らは下っ端だろう。どう見ても30代半ばのディクシャールさんが何と言って新人兵になれたのかは疑問だが。とにかく、日が暮れるまでにこの玄関を綺麗にしないと、二人と出くわす可能性大なのだ。昨日はアイアン・クロー覚悟で接触しようかとも思ったが、やっぱり痛いものは嫌だ。
この屋敷は木が多い。風が吹くたびに枝が揺れて葉っぱが落ちてくる。
「ああ!また落ちてきた……」
これじゃいつまで経っても綺麗にならない。
「限が無いわ」
「一枚も残さず掃除しようとしたら、永遠に終わらないよ」
後ろから声がして、思わず体がギクリとした。背中を冷や汗が流れる。相変わらず腰に手を回して囁くのが彼のパターンのようだ。コイツに出くわすくらいなら、ディクシャールさんの方が遥かにマシだ。
「前髪切ったんだ」
「…どちら様でしょう?私は元々この髪型ですが」
「俺は前の方が好きだな。今のはちょっと餓鬼っぽく見える」
無視かよ。っていうかコイツの好みなんて知ったことか。
「何か用?」
知らないフリは通用しないみたいなので、私は腰に回された手を払って振り返った。
「ようこそ、アメリスタへ」
ルイージは最後に見た時より少し伸びた髪を、無造作に分けて横に流していた。以前に輪をかけて優男風だ。ネスルズに限らず、ここでも騙される女は多そうだ。
「私達が入り込んだこと、いつから気付いてたの?」
「君が門番に変なもの食わせた辺りから。情報のみで言うなら、村に入った頃には既に、トーヤン人らしき女がスカルから国境を越えたいと言って来たって報告が入ってたよ」
ほぼ最初から知っていたということか。ならトニーとディクシャールさんのことも知ってるかもしれない。
「それにしては接触してくるのが遅かったわね。どういうつもり?」
「旦那様の指示だよ。君が風呂に入るまで泳がせろってね。あれを見て、何か感じなかった?」
わざとあのお風呂を見せたというのか?何のために……
「…別に?」
「おや、随分嫌われちゃったなあ。安心してよ。今君を殺す気なんてないから」
「何か感じたとしても、何であなたに言わなくちゃいけないのよ」
アメリスタ公は、一体何を知っているのだろうか。ルイージには私が日本人だということは言っていない。報告が上がっているとしても、私とあの銭湯にそっくりなお風呂の関係性を知っているなんて考えられない。
「俺に言うのが嫌なら、旦那様に直接会ってくれるかい?いきなりだと可哀想だから、俺でワンクッション置いてあげようと思ってたけど」
「はあ?」
今の今まで、私はアメリスタ公とは全く関わっていないはず。肝心なところで抜けてる一諜報員を拒否したら、次は公国のトップと会えだなんて、何故そこまで話が飛ぶのか。それに私にはトップと話す義理なんてない。
「私はフォンスさんに会うために、はるばるここまで来たのよ。別にアメリスタ公に会いたくて来たんじゃないわ」
「知ってるよ。ダントール司令官には別の目的でこっちに来てもらったんだけど、交渉が決裂しちゃってね。仕方が無いから、今は君をおびき寄せる餌として利用してるんだ。旦那様に異世界から来た君の容姿を報告したら、是非会ってみたいと言われたんだよ」
「ゴタゴタしてる国の事情に巻き込まれるなんてごめんだわ。私は会いたくない」
何を好き好んで敵国のトップと会わなきゃいけないんだ。エンダストリアが負けるのは困るが、自ら進んで和解させようなんて気は全く無い。というか、できるわけがない。それに会ってしまったら、"ちょっぴり事情は知ってるけど何もできませんよ"、というギリギリ一般人に踏みとどまっていることができなくなる可能性大だ。
「あんまり我侭言うと、他の3人やダントール司令官が無事でいられなくなるよ。そもそも、君が潜り込んで来なかったら、他の奴らは即刻捕らえる予定だったんだ。会ってみてよってお願いしてるんじゃない。交渉してるんだよ」
「仲間の無事を引き合いに出すのは、脅迫って言うのよ。交渉じゃないわ」
私は抵抗を諦めてため息をついた。それを了承と理解したルイージは、満足げにニヤリと笑った。
単独で敵のトップと会う羽目になるのなら、バリオスさんの作ったエレクトリックガード(仮)3号を持ってくれば良かった。スタンガンを諜報員に使わせるくらいだから、アメリスタ公の護衛も持っていることだろう。試作品でも逃げる時に役立ったかもしれないのに。今は丸っきりの丸腰だ。アレは船の上でトニーが興味を示したから、貸してしまってそのままなのだ。彼は持ってきているだろうか。まあ、仮に持ってきていても、こんな状態じゃ私の手元に戻ることはないだろうが。
「どうする?早速来るかい?」
「アメリスタ公と会う前に、先に目的を果たしたいわ。フォンスさんに会わせて。彼の無事を確認しなきゃ行かないわ」
とりあえずフォンスさんの場所だけでも知っておきたい。情報は多いに超したことは無いから。
「心配?そうだね、無事だって俺が口で言っても信じないだろうね。じゃあどちらも明日だ。許可を取っておくよ。それから、部屋に戻ったら、君の友達に言っておいてよ。死にたくなきゃ、大人しく厨房で働いてろって」
「…分かった」
ああ、何で異世界トリップしたのに特殊能力がないのだろう。お約束じゃないのか?基本じゃないのか?自分の知らないところで話が進んで、それに翻弄されるなんて。あがくこともできないじゃないか。悔しいなあ。