表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
無謀な奪還の章
83/174

女は丁寧に扱うもの(4)

 「すみませえん」

リリーは猫なで声で門番に話しかけた。私は皿を持ち、顔を隠すためにうつむき加減で引っ込み思案をよそおった。

「はい。屋敷に御用の方ですか?」

二人の門番の内、一人が答えた。国境の兵士より教育が行き届いているのか、物腰は丁寧だった。

「今日南から引っ越して来て、挨拶回りをしてたんです。北側の門番さんにもご挨拶しようと思って」

「南?ああそうか。ここの敷地は広いからな。南の者と関わることは滅多にないか。それはどうもご丁寧に」

リリーが勘で思いついたストーリーは、違和感がなく信じてもらえたようだ。さすが普段から勘で生きている人間だ。

「お二人は…姉妹ですか?」

「いえ、南は今何かと物騒ですから、友達同士で一緒に暮らしてるんです。戦争でお互い身寄りがありませんし…。北のほうが安全と聞いたもので、二人で引っ越して来たんです」

「そうでしたか。最近同じような方が増えています。こちら側は南ほどの活気はありませんが、静かで良い所ですよ。きっと気に入ります」

うわ、この門番良い人だ。これからばい菌うじゃうじゃの果物を食べさせるのは、少し良心が痛む。

「ええ、ご近所の方々も親切でしたわ。あ、それからこれ、ご挨拶の差し入れです。ほら、自分で渡して?」

リリーが台本通りに、皿を持つ私をうながした。私は更に俯き、もじもじする。それを見て門番は首を傾げた。

「すみません、引っ込み思案な子で」

「いえ、良いですよ」

「もう、私が渡したって意味ないでしょ?かっこいいって言ってたじゃない。勇気を出して!」

相手にわざと聞こえるようにリリーが言うと、目の前の門番が一瞬動揺する気配がした。チラリと目だけで見上げると、彼の耳が赤くなっていた。よしよし、いい感じだ。

「ど、どうぞ……」

「はあ、どうも…」

汚い布巾を見られる前に取り外し、恐る恐る皿を出すと、向こうは照れた様子でそれを受け取った。

「切ってからあちこち回って時間が経ってるので、早めに食べてくださいね?そちらの方も良ければどうぞ」

黙って立っていたもう一人の門番にリリーが言うと、「ありがとうございます」と返って来た。

 それから一端門を離れ、遠巻きに門の近くまで戻り、茂みに身を隠した。距離的には門番達の声は聞こえる。後はここでお腹を壊すのを待つだけだ。

「それ、どうするんだ?」

「せっかく好意で貰ったからなあ。引っ越してきたって言ってたし、食ってやらないと可哀想だろ」

耳を澄ませると何とか会話が聞こえた。好意じゃなくて悪意の塊だけど、お願いこの場で食べてくれ!

「お前、黒髪の方に気に入られてたみたいだしな。早めに食べろって言ってたぞ?」

「そうなんだよ。でもまだ勤務中だからどうしようかな……」

「さっさと食っちまうか?二人ならすぐ無くなるだろう」

「…そうだな。交代までまだもう少しあるし、ちょうど小腹が減ってたんだ」

案外あっさりと二人は食べることにしたようだ。さすが北側。警戒心が極薄だ。

 それから会話が途切れた。多分リンゴもどきを食べているのだろう。

「上手くお腹壊してくれるかな……」

声が聞こえないことに不安を感じ、私はヒソヒソとリリーに聞いた。

「多分大丈夫よ。男の人って、女よりお腹壊しやすい人多いもん。近所のおばさん達がよく言ってたわ。"男の子はお腹が弱いから困る"って」

「それ、小さい子の話なんじゃない?」

「まあ見てなさいって」

 しばらくすると、また声が聞こえ出したから耳を澄ませた。

「俺、何だか腹が痛くなってきた」

「俺も……」

「あれ、時間が経ってるって言ってたから、傷んでたんじゃないのか?」

「かもなあ。食ってる時にちょっと臭いがおかしいと思ったんだ。でもあんな恥ずかしそうにもじもじしながら渡されたら、食ってやらないと可哀想だと思ったんだが……」

「俺は臭いなんて気付かなかったぞ?早く言えよ…あー痛え……」

この時点でも、彼らはまだ私達の悪意に気づいていなさそうだった。本当に良い人。ごめんなさい!

「もう駄目だ…便所行ってくる。ついでにちょっと早いけど、交代も頼んでくるわ」

「あ、先に行くなって…あーあ」

一人はさっさとトイレに逃げたようだ。あと一人。先に言った方が交代を頼む前にギブアップして欲しい。

「…ぐっ!俺も限界…。ちょっとくらい、大丈夫だよな…?」

待っていた言葉が聞こえ、茂みから頭を出すと、残った門番が大きな扉を開けて、中に駆け入って行くところが見えた。

「よし!サヤ、今よ!」

リリーの合図と共に、私達は門の前まで全力疾走した。門番はきっちり扉を閉めてから去っていたため、二人がかりで思いっきり押した。人一人がやっと通れるくらいに開いた時点で滑り込み、元通りに閉めた。

「これからどうする?リリー。いきなり屋敷の中に入ったらマズイかな」

「今のままの格好じゃ、関係者じゃないのがバレバレだわ。どこかで侍女か下働きの服を探さないと…。とりあえず、茂みの陰を移動しましょう」

私達は隠れながら質素な建物を探した。これだけ敷地が広ければ、多分使用人たちは専用の宿舎で寝泊りしているだろう。

 やがて大きな屋敷が途切れた所に、もう一つ建物を見つけた。使用人達がせわしなく出入りしている。

「多分あれね。ばたついてるのは、交代の時間なのかしら」

リリーが言った。建物の裏手に回ると、洗濯物が干されている。

「ねえ、リリー。まだ洗濯物が取り込まれてないわ。日が完全に落ちたら回収されちゃうかも」

「そうね。今の内に拝借するわよ。さっき出入りしてた使用人達を見たら、侍女らしき人は専用の服を着てて、下働きっぽい人は私達と似た服の上に、白いエプロンをつけただけだったわ。どっちにする?」

「侍女より下働きの方が、知らない顔がまぎれ込んでてもバレにくそうじゃない?」

「よし、狙うはエプロンよ」

そうと決まったら急いで行動。人がいないことを確認し、物干し竿まで走ってエプロンを取り、再び茂みに戻った。

 一先ひとまずこれで屋敷の中を歩ける。ここから何とかフォンスさんのいる場所を探さなきゃ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ