女は丁寧に扱うもの(4)
「すみませえん」
リリーは猫なで声で門番に話しかけた。私は皿を持ち、顔を隠すために俯き加減で引っ込み思案を装った。
「はい。屋敷に御用の方ですか?」
二人の門番の内、一人が答えた。国境の兵士より教育が行き届いているのか、物腰は丁寧だった。
「今日南から引っ越して来て、挨拶回りをしてたんです。北側の門番さんにもご挨拶しようと思って」
「南?ああそうか。ここの敷地は広いからな。南の者と関わることは滅多にないか。それはどうもご丁寧に」
リリーが勘で思いついたストーリーは、違和感がなく信じてもらえたようだ。さすが普段から勘で生きている人間だ。
「お二人は…姉妹ですか?」
「いえ、南は今何かと物騒ですから、友達同士で一緒に暮らしてるんです。戦争でお互い身寄りがありませんし…。北のほうが安全と聞いたもので、二人で引っ越して来たんです」
「そうでしたか。最近同じような方が増えています。こちら側は南ほどの活気はありませんが、静かで良い所ですよ。きっと気に入ります」
うわ、この門番良い人だ。これからばい菌うじゃうじゃの果物を食べさせるのは、少し良心が痛む。
「ええ、ご近所の方々も親切でしたわ。あ、それからこれ、ご挨拶の差し入れです。ほら、自分で渡して?」
リリーが台本通りに、皿を持つ私を促した。私は更に俯き、もじもじする。それを見て門番は首を傾げた。
「すみません、引っ込み思案な子で」
「いえ、良いですよ」
「もう、私が渡したって意味ないでしょ?かっこいいって言ってたじゃない。勇気を出して!」
相手にわざと聞こえるようにリリーが言うと、目の前の門番が一瞬動揺する気配がした。チラリと目だけで見上げると、彼の耳が赤くなっていた。よしよし、いい感じだ。
「ど、どうぞ……」
「はあ、どうも…」
汚い布巾を見られる前に取り外し、恐る恐る皿を出すと、向こうは照れた様子でそれを受け取った。
「切ってからあちこち回って時間が経ってるので、早めに食べてくださいね?そちらの方も良ければどうぞ」
黙って立っていたもう一人の門番にリリーが言うと、「ありがとうございます」と返って来た。
それから一端門を離れ、遠巻きに門の近くまで戻り、茂みに身を隠した。距離的には門番達の声は聞こえる。後はここでお腹を壊すのを待つだけだ。
「それ、どうするんだ?」
「せっかく好意で貰ったからなあ。引っ越してきたって言ってたし、食ってやらないと可哀想だろ」
耳を澄ませると何とか会話が聞こえた。好意じゃなくて悪意の塊だけど、お願いこの場で食べてくれ!
「お前、黒髪の方に気に入られてたみたいだしな。早めに食べろって言ってたぞ?」
「そうなんだよ。でもまだ勤務中だからどうしようかな……」
「さっさと食っちまうか?二人ならすぐ無くなるだろう」
「…そうだな。交代までまだもう少しあるし、ちょうど小腹が減ってたんだ」
案外あっさりと二人は食べることにしたようだ。さすが北側。警戒心が極薄だ。
それから会話が途切れた。多分リンゴもどきを食べているのだろう。
「上手くお腹壊してくれるかな……」
声が聞こえないことに不安を感じ、私はヒソヒソとリリーに聞いた。
「多分大丈夫よ。男の人って、女よりお腹壊しやすい人多いもん。近所のおばさん達がよく言ってたわ。"男の子はお腹が弱いから困る"って」
「それ、小さい子の話なんじゃない?」
「まあ見てなさいって」
しばらくすると、また声が聞こえ出したから耳を澄ませた。
「俺、何だか腹が痛くなってきた」
「俺も……」
「あれ、時間が経ってるって言ってたから、傷んでたんじゃないのか?」
「かもなあ。食ってる時にちょっと臭いがおかしいと思ったんだ。でもあんな恥ずかしそうにもじもじしながら渡されたら、食ってやらないと可哀想だと思ったんだが……」
「俺は臭いなんて気付かなかったぞ?早く言えよ…あー痛え……」
この時点でも、彼らはまだ私達の悪意に気づいていなさそうだった。本当に良い人。ごめんなさい!
「もう駄目だ…便所行ってくる。ついでにちょっと早いけど、交代も頼んでくるわ」
「あ、先に行くなって…あーあ」
一人はさっさとトイレに逃げたようだ。あと一人。先に言った方が交代を頼む前にギブアップして欲しい。
「…ぐっ!俺も限界…。ちょっとくらい、大丈夫だよな…?」
待っていた言葉が聞こえ、茂みから頭を出すと、残った門番が大きな扉を開けて、中に駆け入って行くところが見えた。
「よし!サヤ、今よ!」
リリーの合図と共に、私達は門の前まで全力疾走した。門番はきっちり扉を閉めてから去っていたため、二人がかりで思いっきり押した。人一人がやっと通れるくらいに開いた時点で滑り込み、元通りに閉めた。
「これからどうする?リリー。いきなり屋敷の中に入ったらマズイかな」
「今のままの格好じゃ、関係者じゃないのがバレバレだわ。どこかで侍女か下働きの服を探さないと…。とりあえず、茂みの陰を移動しましょう」
私達は隠れながら質素な建物を探した。これだけ敷地が広ければ、多分使用人たちは専用の宿舎で寝泊りしているだろう。
やがて大きな屋敷が途切れた所に、もう一つ建物を見つけた。使用人達がせわしなく出入りしている。
「多分あれね。ばたついてるのは、交代の時間なのかしら」
リリーが言った。建物の裏手に回ると、洗濯物が干されている。
「ねえ、リリー。まだ洗濯物が取り込まれてないわ。日が完全に落ちたら回収されちゃうかも」
「そうね。今の内に拝借するわよ。さっき出入りしてた使用人達を見たら、侍女らしき人は専用の服を着てて、下働きっぽい人は私達と似た服の上に、白いエプロンをつけただけだったわ。どっちにする?」
「侍女より下働きの方が、知らない顔が紛れ込んでてもバレにくそうじゃない?」
「よし、狙うはエプロンよ」
そうと決まったら急いで行動。人がいないことを確認し、物干し竿まで走ってエプロンを取り、再び茂みに戻った。
一先ずこれで屋敷の中を歩ける。ここから何とかフォンスさんのいる場所を探さなきゃ。