女は丁寧に扱うもの(3)
リリーはやる気満々だった。私は彼女に賛同したいと思う反面、軍人であるディクシャールさんが危険と判断したのなら、大人しくしていた方が良いんじゃないかとも思っていた。そのことを彼女に言ってはみたが、不敵に笑って「一人でも行く」と言い、聞く耳を持たなかった。その様子から、もしかして彼女はディクシャールさんに対して、本気で怒っているのではないかと感じた。
「一人では行かせられないわ。どうしても行くって言うなら私も行く。ま、気持ちは分かるわ。リリーの場合、ディクシャールさんとほとんど関わってなかったしね」
「よく分かってるじゃない。私はあなたみたいに、彼とよく会話するような仲じゃないわ。命かける覚悟で来たのに、トニーならまだしも、お互いをよく知りもしない相手から、勝手に決められてコソコソ仲間はずれにされたんじゃ、たまらないもの。私の何を知ってるの?私の覚悟をどれだけ知ってるの?ってね」
「説得しようという気さえないっていうのは、私も腹が立つわ。さっき野盗に襲われた時は助かったけど、安全な所で守られるためにここまで来たんじゃない。それなら最初から"行って来い!"って彼らを蹴りだして、大人しく王宮で待ってるわよ」
女二人だけで行動したとバレたら、ディクシャールさんは私とリリーに、アイアン・クローをダブルで食らわせるだろうが、もうどうでもよくなってきた。もしかしたら食らう前に、あの世へ行ってるかもしれない。昨日夜中に、突っ走りたいと思ったばかりだ。ここで走らずいつ走る?
「そう来なくっちゃ!サヤなら分かってくれると思ってた」
「じゃあ、今からフォンスさん奪還隊はトニーとディクシャールさん。私とリリーは、フォンスさんの所へ突っ走り隊ね。本人に迷惑がられるまで、とことんやるわよ」
「そうよ、私達を止められるのは、ダントールさんだけ!」
とうとう私も猪女になったのだ。そもそも玉砕は、当たって砕けてこその玉砕だ。突っ走らなきゃ、当たっても砕けられない。
「で、どうやって忍び込む?」
これから危険を冒すのに、何故かワクワクしてきた。
第一関門は門番。領主だし、あんな広い屋敷なら絶対いるはずだ。何か差し入れを持って行って油断させよう。でもお酒は国境で使ってしまったし、何を差し入れようか…。
そんな案を出すと、リリーは首を横に振った。
「国境と違って領主の屋敷を守る兵士だから、油断させるだけで入り込もうなんてちょっと無謀かもね。でも、差し入れは使えそうだわ。木の実か何か探しましょう」
彼女は何か思いついたようだったから、私は一緒に外へ出て果物が生ってないか探した。
「差し入れして、どうするの?油断させるのは無謀なんでしょ?」
「馬鹿ね。相手は敵よ?普通に美味しいものを差し入れるわけがないじゃない」
近くの民家でリンゴのような果物を栽培しているのを見つけ、そこからいくつか失敬した。空き家に戻ったリリーは、シロアリに齧られていそうな棚からナイフを見つけだし、リンゴもどきの皮をむき始めた。
「やっぱり放置してあったナイフじゃむきにくいわね……」
「それ、汚くない?」
「汚いから使うのよ。お腹壊すでしょ?器はそこにある、鼠の糞が乗ってるやつ使うわよ」
なるほど。腹下しで苦しんでいる所を侵入するのか。エグいこと考えるなあ。でも鼠の持つ菌やウイルスはかなり危険だぞ。私達のせいでアメリスタにペストが流行ったら大変だ。
「食堂経営者をナメてもらっちゃ困るわ」
「普段気を使ってることを逆手に取ったのね。でも鼠はさすがにやめましょうよ。死亡率の高い病気が流行るわ。私達の目的はあくまでもフォンスさんの所へ行くこと。戦争を止めることでもアメリスタの領民を根絶やしにすることでもないわ」
私の忠告に、リリーは少しだけ考え、「じゃあ鼠の足跡がなさそうな汚いお皿で手を打つ」と妥協した。
それから次にリリーは、使ったナイフを小川で綺麗に洗い、私の前髪を削ぎ切った。少しでも異国の顔立ちを隠すためらしい。目の上ギリギリでパッツリ切った前髪が、何年かぶりに私の額に張り付いて、何だかくすぐったかった。どんな感じになったのか確認したかったけど、ここに鏡はないから諦めた。リリーが別に変じゃないと言ったのを信じよう。果物を綺麗に盛った皿に、駄目押しのオンボロ布巾をかけて、準備万端。私が前に出て顔立ちがバレると面倒だから、門番と主に話すのはリリーがすることになった。
私達は人目を避けてひたすら歩いた。日差しが午後のそれになる頃には、気温はかなり上がり、日本のぽかぽか小春日和に近くなった。良い感じに食中毒菌が繁殖してくれそうだ。そんなことを考えながらズンズン行くと、夕方になる前にアメリスタ公の屋敷に着いた。
「リリー、塀に張り紙がしてあるわ」
「え?どれどれ…、兵士急募、未経験者歓迎、体力に自信のある者は当屋敷の担当まで。ふうん、もしかしたらあの二人は、これを利用して潜り込むつもりなのかもね」
「じゃあ、ディクシャールさんが置いてきぼりにしようと思う思わないに関わらず、結局私達は自分で何とかしなきゃ、中に入れなかったってことね。侍女や下働きの募集はないみたいだし」
とりあえず、私の顔が目立たなくなるくらい日が落ちるまで待ってから、行動を開始することにした。国境で一人、兵士に近づいた時ほどの不安も緊張感もない。だって今回は隣にリリーがいるから。
新米猪女とベテラン猪女。無謀な奴が二人も揃えば、何でもできそうな気がした。