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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
無謀な奪還の章
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女は丁寧に扱うもの(2)

 そこはヨーロッパの田舎を思わせる所だった。湿った草と土の匂いが私には懐かしい。小川が流れ、畑の脇道を鹿の角をの生やした牛みたいな動物が、のんびり荷物を乗せた車を引いている。分厚い防寒着は必要ないくらいの気温で、人々はネスルズの貫筒衣かんとういに似た服を着ていた。農作業をしていない通行人は上着を羽織ったり、ショールを肩にかけたりして体温を調節しているようだ。

 「ここまで来れば、一先ひとまずは大丈夫だろう。誰も怪我はないか?」

ディクシャールさんが聞いた。

「足の骨が折れたかも」

私は恨みがましい目をして彼に言った。まだかかとから膝までがジンジン痺れている。

「憎まれ口を叩けるなら折れてないな」

「昨日夜中に私のこと貧相とか言ったくせに。それならもうちょっと丁寧に扱って欲しいもんだ。」

「貧相と言う前に華奢きゃしゃと言い直しただろう。つまらんことを根に持つな。リリシアよりお前の方が小柄で、使いやすかったんだ」

私は性悪うさぎの武器になったつもりはない。まあ、この人にデリカシーなど求めるのが間違いなのだろうが。

 畑の向こうに、のどかな田舎には不釣り合いなほど大きくて豪華な屋敷が見えた。

「あそこに見えるのが、アメリスタ公爵の屋敷。エンダストリアで最も古い貴族の一つだ。農作物が豊富で、領地もここ以上に広い所はない」

「そんな恵まれてるのに、独立戦争起こしたんですか?」

「さあな。恵まれてるからこそ、独立したいのかもしれんが、本当の理由なんぞアメリスタ公に聞かねば分からん」

 見たところ、重い税に苦しんでいるような気配は全く無い。管理されてるって楽なのに。一人暮らしを始めてから、実家のありがたみがよく分かった。勝手気ままに暮らせると思って家を出たが、待っていたのは責任という重圧がし掛かった自由だった。実家にいた頃の方が勝手気ままにできていた。アメリスタ公は、独立してどうしたいのだろうか。絶対今の方が楽だと思うのに。だが貴族のことだ。きっと庶民の私とは全く違う思考回路なのだろう。

 「ディクシャール司令官、ダントール司令官はどこにいるのでしょう?こんな田舎ではよそ者の私達は、目立って聞き込みをする前に警戒されてしまいます」

「多分あの馬鹿でかい屋敷のどこかだ。屋敷以外がこんな田舎だからこそ、そこしか考えられん。ここは北側だが、南側も似たようなものだったはずだ。異界人の兵器は開発しても、デンキを使って領民の暮らしを便利にしてやる気はないらしい」

「では夜を待って忍び込みますか?」

トニーとディクシャールさんは、早速次の作戦を立て始めた。私とリリーは夜明けから体力も精神力もかなり使っていて、その場に座り込んで休憩した。

「私達って、正直彼ら二人の足引っ張ってるけど、もうちょっと扱い方を考えて欲しいものだわ」

リリーが弱々しく言った。若干顔色が悪い。

「気分悪いの?」

「うん…。担がれて全力疾走されたから、吐き気がするの」

車酔いじゃなくて、うさぎ酔いか。乗り物にほぼ乗らない生活をしていた彼女に、あの揺れはきつかったのかもしれない。

「ねえ、リリーが気分悪いって。寝かせてあげたいんだけど、どこか休めそうな所ない?」

私の呼びかけに、次の計画を立てていた二人が振り返った。

「姉さん、大丈夫?空き家か何かを探して休もう」

トニーがリリーの肩を支えて立ち上がらせた。私達は住民の目を避けて、木や草の陰を移動しながら使えそうな建物を探した。

 逃げてきた所が村の外れだったからだろう、案外早く空き家は見つかった。しばらくドアを触った形跡がなく、ディクシャールさんが思い切りノブを引かないと開かないほど、建てつけが悪かった。先にトニーが入って蜘蛛の巣を払い、瓦礫がれきと化した家具を端にけ、持って来ていた毛布を床に敷いて、そこにリリーを横たわらせた。 トニーとディクシャールさんは、どこから忍び込むか下見をしてくると言って出て行った。

「リリー、水飲む?」

「…ありがとう。大分マシになってきたわ」

幾分顔色が良くなってきたリリーは起き上がった。

「ねえサヤ、私達こんな遠くまで、やっとの思いで辿り着いたじゃない?」

「うん、これから敵の本拠地に乗り込むと思ったら、ドキドキするわ」

「あの二人、私達には乗り込ませないつもりかもよ?」

「え…ええ?」

私は驚いて彼女を二度見した。ここまで来て置いてきぼりとは想定外だ。

「どういうこと?」

「敵の真っ只中ただなかに入るのに、戦えない一般人の私達は邪魔にしかならないって思ってるんじゃないかしら。特にディクシャールさん」

「…思い当たることでもあったの?」

やけに自信がありそうにリリーが言うものだから、ちょっと不安になってきた。

「あなたが国境の兵士の所へ行ってる間、ディクシャールさんに色々聞かれたのよ。特技はあるかとか、運動神経に自信はあるかとか。特技は料理で運動神経に自信はないって言ったら、今度は何か武器を使ってゴロツキと戦ったことはあるかって聞かれたの。だから昔ゴロツキに絡まれたところを、ダントールさんに助けてもらった時の話、詳しく丁寧に教えてあげたら、ため息ついて"もういい黙ってろ"って言ったのよ?失礼しちゃう」

ストーカーの話すことだ。かなりの誇張こちょうと妄想も入っているだろう。それを詳しく延々と話されたら、ディクシャールさんが黙ってろと言いたくなるのも分かる気がする。

「問題はそこからよ。トニーと二人で木の陰に隠れて、コソコソ話し出したの。よく聞こえなかったけど、時々"それではあまりにも…"とか"納得するはずが…"とかトニーが反論してたわ。それからあの子は不満げな顔して出てきて、私と目が合ったら動揺してディクシャールさんを振り返ったのよ」

 その話の流れからすると、リリーにどこまで動けるか確認した後、ディクシャールさんは私達を途中で待機させようと考え、それをトニーが感情面で渋った、というのが想像できる。さっきの逃走劇で、足手まといなのは重々理解したが、今更大人しく待ってろと言われるのは、何だか釈然しゃくぜんとしない。

「そりゃ戦えないけど…。でもこの旅の言い出しっぺは私よ?頑張って酒盛りまでしたのに、肝心なところで何もできないなんて……」

「でしょ?でも文句言ったって、ディクシャールさんは聞き入れるような人じゃないし、トニーは彼に逆らえない。もしかしたら、下見に行ったまま戻って来ないかもね」

「じゃあどうすれば良いのよ…。」

泣きたい気分だ。ここにはディクシャールさんのストッパー役のぽっちゃり大臣はいない。

 私は絶望的な気持ちでリリーを見ると、彼女は不敵に笑った。

「このまま男二人だけに良いとこ取りはさせないわ」

一体何をする気なのだろうか……

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