若い想いは盲目になりがちなもの(2)
寒さ凌ぎにスカルで貰った、1本の酒瓶。度数がかなり強いであろうそれを持って、私はブラブラ歩いているアメリスタ兵に近づいた。寒い上に辺境地でこれだけ弛んでいたら、兵士達は酒くらい絶対隠し持っているはずだ、というのがディクシャールさんの見解である。後はいかに上手くそれを出させるか。
「誰だ!」
わざと音を立てて歩くと、早速一人が気付いて叫んだ。
「あの、あの、ここを通りたいんですけど……」
「…女?スカル人ではないな。どこの者だ?」
「ト、トーヤンです」
日本とは言わず、あえて有名なトーヤンを使った。
「ああ、そういえばそんな顔立ちだな。何故こんな所にいる?」
よし、トーヤンを知っている人だ。ここまでは信じたようだ。
「…家族で商売をしに来たんですけど…、船が難破してしまって、皆がどうなったか分からないんですっ…ううっ」
「うわっ、な、泣くな泣くな!そいつは災難だったな」
「おい、どうした?女泣かせて何やってんだ」
私の嘘泣きに動揺した兵士に気付いた他の兵士達が集まってきた。簡単に持ち場を離れるなんて、どれだけ暇なんだ、ここは。
「俺が泣かしたんじゃねえ!船が難破して、家族とはぐれたんだと」
「はい…、気がついたら私だけスカルにいて、助けてもらったんです。でももしかしたら家族は、もっと南に流されたんじゃないかと思って……」
「捜すためにここを通りたいと?」
「そうなんですっ…グスッ」
手で顔を覆って指の間から兵士達を見ると、皆困ったように顔を見合わせていた。
「可哀相だとは思うが…、通すには中央の許可がいる。2、3日はかかるぞ」
「そ、そんなに!?ああ、早く捜さなければ…生きていれば、きっと心配しているわっ!うわあん!」
「だから泣くなって!どうすりゃいいんだ…」
お手上げとばかりに嘆く兵士に、どこの世界にも女の嘘泣きに騙される男はいるんだな、とほくそ笑んだ。
「大丈夫だって。許可が下りるまで、宿直施設に空き部屋があるから、そこで待ってればいい。おい、お前ちょっと中央まで行ってこい」
「暇で不安なら、話し相手になるさ。俺達も暇だからな。スカル人は寄って来ねえし、ここは四六時中見張ってなきゃならないような場所じゃないしなあ」
「ハッハッハッ、本当だぜ」
私を泣き止ませようと、兵士達は機嫌を取るように笑い飛ばした。
「…ありがとうございます」
上目使いでお礼を言いつつ、兵士達の人数を確認した。さっき一人、下っ端っぽい人が報告に行かされたから、全部で5人。潰すには、けっこう飲まなくちゃいけないかな。遠くの方にまだ他の兵士がいるかもしれないから、昼間だけど何とか5人の内に、宴会へ持ち込みたい。
「気にすんな。辺境地で人助けなんて滅多にできないからな。ここじゃ寒いだろう。建物の中に入んな?」
そう言って兵士の一人が、馴れ馴れしく私の肩を抱いて、建物の方へ促した。よしよし、かなり油断している。触られるのは少々癪だが、順調な証拠だ。
とりあえず、と言って案内されたのは、皆が団欒したり食事を摂ったりするための、テーブルや椅子の並んだ部屋だった。そろそろ切り出すか。
「あのう、こんなに親切にしていただいて…、私、こんな物しか持ってないんですけど、良ければどうぞ」
「んあ?こりゃスカルの酒じゃないか」
「ええ、寒い時に飲めって言われて貰ったんですけど、こうして暖かい部屋に入れてもらったんで、お礼に差し上げます。お酒は…お嫌いですか?」
酒瓶を見た兵士達の顔が緩んでいく。こいつらきっと宴会好きだ。
「嫌いなわけあるかよ。ここでの楽しみは酒くらいさ」
「ああ、全くだ。これが無くちゃ、やってられん」
「へえ、お強いんですかあ?」
いいぞ、この調子だ。会社の後輩を思い出せ。アイドル受付嬢を思い出せ。
「まあな。毎日飲んでんだから、中央の奴らよりは強いだろうな。」
そりゃアル中なんじゃないのか?なんて突っ込むことはせず、目をキラキラ輝かせる。
「すごーい!じゃあ、誰が一番強いんですかあ?」
「俺だな」
「いや、俺だろ」
「おい、お前らこないだ俺より先に潰れたじゃねえか」
「嘘つけ、お前こそたいてい先に寝るだろうが」
聞けば口々に自分が一番だと言い出す。たかが初対面の女一人に見栄を張ってどうするんだろうか。女は別に、酒に強いかどうかで男を選ぶわけじゃないのに。
「よし、じゃあ今から飲み比べだ。このお嬢さんに判定してもらおぜ。良いよな?」
「私はいいですよ」
兵士達は勝手に飲み比べを始めてくれるようだ。手間が省けた。
「じゃあ奥から酒、出してくるぞ」
かくして、目論み通りの酒盛りが始まったのであった。
ちょっと頭が痛くなってきた。出て来た酒は、日本で売ってるビールやチューハイより度が高かった。
結局私も飲まされたのだ。水のように飲み続ける兵士達を尻目に、自分のペースを保っていたのだが、さすがにテキーラレベルの酒ばかり飲んでいると、4人目が潰れる頃には私も酔いが回っていた。
「…うぉれの勝ちだあ…な、あんた見ただろう?」
「そうですねーすごーい…。ちゃんと覚えておきますからあ、寝ても良いですよー?」
5人目がフラフラしながら話しかけて来たが、まともに相手にする気力はない。寝込むほどではないが、指先の力が抜ける。この人が寝込んだら、建物の外から様子を見ているだろうディクシャールさんかトニーが、私を迎えに来るはずだ。
「…寝る?そうだなあ。一緒に寝ようかあ」
「ええ?今何て?」
「一番になったご褒美だよー」
待て待て。勝手に飲み比べしてただけだろ。何がご褒美だ。子供かよ、気持ち悪い。一気に頭が冴えきた。
「いや、そういうのはちょっと……」
「そう言うなよー。ここにいたら、女に会うこともないんだ…。久しぶりなんだよお」
潰れなかった兵士は、そう言って私に寄り掛かってきた。冗談じゃない。こいつの久しぶりに付き合う気など、毛頭ない。でも押し返そうにも力が入らない。頭は冴えても、体は酔いが回って思うように動かないのだ。
「お、重いですってば…っ!」
「だーいじょうぶだって。俺もだいぶ酔ってるから、すぐ終わるってえ……」
お、終わる!?寝るだけじゃないのか?何始めようとしてんだあ!!ああ、情けない…。ディクシャールさん!見てるんなら早くコイツをどうにかして!そのごつい拳なら、一発で沈められるでしょうがっ!!
興奮して気分が悪くなり、目を瞑って吐き気に堪えていると、突然のしかかっていた重みが消えた。
「うぐぅ…」
絞り出すような声を聞いて目を開けると、無表情のトニーが、腕で兵士の首を締め上げていた。