若い想いは盲目になりがちなもの(1)
「私は神布を見て帰ることにしたぞ」
朝食を摂っていると、ぽっちゃり大臣が小走りで寄って来た。
「見て帰るって…族長さんは許可してくれたんですか?」
「うむ、何とか神秘的なもの、ということで納得してもらった」
おい…。昨日族長が"神聖"と言っていたのを、しきりに"神秘的"と言って聞く耳持たなかったのはわざとだったのか。リリーに続いてコイツも中々侮れない。説き伏せられた族長、可哀相に……
「帰りはどうするんです?トリフさん達を待たせておくんですか?」
「神布の見える北端までは、犬橇で飛ばしても、片道におよそ半日はかかるらしい。ずっと何もせんまま待たせるのも悪いからな。せっかくこんな遠くまで来たのだ。トーヤン人達は皆同行させる」
「ええっ!?彼らは行くって言ったんですか?」
定期便を借りてること、忘れたのだろうか。責任者のおじさんはあんまり長くは貸せなさそうなこと言っていたけど…。それに船員になってくれた人達も元は商人だ。本業を先延ばしにしてまで、貴族の趣味に付き合うとは思えないが。
「大丈夫だ。世にも珍しい光のカーテンを見に行くための同行者を雇う、と言ったら乗って来たぞ。観光がてらついて行って、謝礼金も貰えるのだから、当然だろう。お前も言ったではないか、私の財布は魅力的だと。せっかく持ってきたというのに、今使わずいつ使う?」
「貴族の金銭感覚は理解できません…。そんなゾロゾロ連れ立つことも、族長さんは許可したと?」
「うむ。族長というより、アルトス殿と話をつけたのだ。スカル人が昔ネスルズで受け入れられなかったた理由の一つは、お互いの情報不足と理解不足だと思うのだ。そこを昨晩徹底的に話し合ってな。せっかく可愛らしい動物や美しい自然現象があるのだから、まずはネスルズの住民にスカルを観光させてはどうかという提案をしたのだ。逆にネスルズでも観光名物として、土産用の魔術具を開発させる。お前が耳につけている石のように、地の力を蓄えている素材で作れば、観光に来たスカル人が持ち帰っても十分使える。そうやって少しずつお互いのことを知れば、同じ国の者同士、いずれ分かり合うこともできるだろう。お前に私の知らん、雪国ならではものを聞いてから、ずっと考えておったのだ。王宮に閉じこもってては何も解決せんかったことが、無理矢理にでも引っ張り出されて来たことで、何か変えられるかもしれんと。お前の暴走で得たこのチャンスを逃せば、また何も解決できん生活に戻ってしまう、とな」
驚いた。ただ趣味で"可愛い!美しい!見たい見たい!"と騒いでるだけではなかったのか。ぽっちゃり大臣は、お祖父さんの代から続いていた民族同士のいがみ合いに、ずっと心を痛めていたのだろうか。お祖父さんから両者の言い分を聞いていただけに、その分余計に解決したいと願っていたのかもしれない。相当なストレスだっただろうな。そう考えたら、彼の脳天が少し誇らしいものに見えた。
「私、出発の時は勘で動きましたけど、きっとこのために、あなたが必要だったんでしょうね」
「そうだな。中々良い勘をしているぞ、娘」
理由の後付けって…、気持ちいーーー!!リリー、さっきは臑を殴ってごめん!
私達フォンスさん奪還隊と、ぽっちゃり大臣のスカル観光地開発隊は、族長の家の前で別れた。フォンスさんの面影のあるアルトスさんが見れなくなるのは、少し寂しかった。犬橇に乗って、あっという間に行ってしまったぽっちゃり大臣とトリフさん達を見送って、私達は村を南下した。
「これでスカルとネスルズが和解すれば、戦況も少しは変わるかもしれんな」
森の獣道を歩きながら、ディクシャールさんが言った。持っている荷物は最低限。数日間野宿できるだけの携帯食と水、毛布、それからぽっちゃり大臣がくれたお金。お金は兵士を買収する時にでも使え、と言われて受け取ったのだ。けっこうな額だけど、兵士っていくらで買収されるんだろう。この辺はディクシャールさんに任せるしかない。
「アメリスタを挟み撃ちですか?スカルの人はあまり戦争に巻き込まれたくなさそうでしたけど」
「別に直接協力せんでもいいのだ。スカルがエンダストリア側についたということが、アメリスタに知れれば、南北両方を警戒せねばならん。それで南側の国境の監視がわずかでも薄くなれば、突破口が開けるかもしれん。もしスカルを先に攻撃するとなれば、南から一気に攻め込むだけのこと。少し状況が変わるだけで、勝敗はあっという間にひっくり返るもんさ」
「じゃあ、心置きなく攻め込むためにも、早くフォンスさんを連れ戻さないといけませんね」
「ああ、そうだな」
だんだんと雪が薄くなって、分厚い防寒着が少し暑苦しくなって来た頃、とうとう国境が見えた。見張りの兵士達がうろうろしている。だが、スカル方面はまだあまり警戒していないからか、見張る態度に緊張感はない。
「司令官、あの様子ですと、我々二人で一気に押しかけたら、通れそうではないですか?」
トニーがディクシャールさんと作戦を立てていた。軍人らしいトニーは初めて見た。その視線は普段の天然天使からは想像できないくらい鋭い。私とリリーは作戦なんて立てられないから、二人で「やるわねえ、あの子」と感心しているだけだった。
「いや、目的は侵入ではなくその後だ。無理矢理入って報告が行ってみろ、中でかなり動きづらくなる。酒でも盛って眠らせるのが無難なのだが……」
「スカル側からスカル人ではない我々が近づけば、警戒されて酒盛りどころではないでしょうね」
どうやら二人は酒盛り作戦をやりたいらしい。でも聞いた通り、やっぱりバリバリのエンダストリア人の男では無理だろう。
「酒盛りなら、私が盛ってくるわよ?」
「何?」
「サヤ、それは危険だよ」
せっかくやる気になったのに、即答で却下された。でも他にいないじゃない。
「私だったら、異国人の船が難破して、何とかここに辿り着いたから入れてくれ、みたいな話も作れるし、女だからある程度油断する可能性も高い。それにお酒はかなり強い自信があるわ。元の世界じゃあ、仕事の飲み会で酔っ払ったオッサン達をあしらうために、可愛く酔ってる暇なんてなかったもの」
「お前、どんな生活してたんだ…。しかし、襲われたらどうするんだ?兵士の力に敵うわけないだろう」
ディクシャールさんが呆れながらも険しい顔をした。
「その前に潰すつもりだけど、相手は複数だし…もしヤバかったら、物陰からあなた達二人が出てきて、後頭部でも殴ったらいいじゃない。お酒入ってるなら、何が何だか分からない内に気絶すると思うけど?」
「そういうことの経験がありそうな言い方だな?」
「…酔っ払いって、本当にうざいのよねえ……」
遠い目をして言うと、ディクシャールさんとトニーが顔を見合わせてため息をついた。
「じゃ、ここは経験者の私が行くということで。いいわよね?」
「でもサヤ、女性を敵兵士に接触させるなんて…やっぱり危ないよ。知り合いの酔っ払いじゃないんだ」
トニーは食い下がった。まだ私をか弱い女の子と思っているのか。仕方が無い、はっきり言うしかないか。
「大丈夫よ、トニー。社会に揉まれたお姉さんの実力、見せてあげる。あなたも盲目にならないで、私の本性見てから結論を出した方がいいわよ。私だけじゃなくて、お互いに考えましょう?」
少しキツイ言い方になってしまったが、トニーはリリーと同じく突っ走る傾向にある。好かれるのは嬉しいが、フォンスさんに振られたとして、そこからほいほいトニーに乗り換えるような女は、純粋な天使に似合わない。しかも年齢的には犯罪だ。盲目になってる相手と穏便に終わらせるには、私にドン引きするのが一番手っ取り早い。彼は可愛いし、真面目だし、本当に良い子なんだけれど、それは私が恋愛で求めるものとは少し違う気がする。フォンスさんに求めているものと何が違うのか、はっきりとは分からないけど、しっくり来ないのだ。それなのにトニーがこのまま私に固執して、フォンスさんに擦り寄るのを見て傷つき、他のチャンスを逃すのは、私自身も辛い。
私の言葉を、意図した通りに受け取ってくれたかは分からないが、トニーは黙って俯き、そこから酒盛り作戦に口を挟むことはなかった。