出る杭は打たれるもの(5)
「うがっ!………何しやがる!」
野球選手でもない私の投球…じゃない、投芋は目当ての人を綺麗に外れ、斜め後ろで槍を構えていた人の頭に当たった。やっぱりそう上手くは決まらないか…。仕方ない。ざわついている今のうちに、とりあえず皆の所へ戻ろう。
私がぽっちゃり大臣の隣まで行くと、ジャガイモもどきを当てられた人が、かなり怒った顔で前に出て来ようとしたが、それを当初的にしていた人が止めた。
「騒ぐな。女の投げた芋一つ取れずに、よく狩りができるな。精進が足りん」
おおう、仲間にぴしゃりと言ったなあ。ちょっと可哀相だけど、早く芋を渡してほしい。
芋を受け取って紙を渡し、早速確認してもらった。
「これがお前の言う証拠か……。何?」
書かれた内容を読んだスカル人が、びっくりしたように動きを止めた。
「…お前は、まさか…あいつの……」
「そうです。その戸籍に書いてある通り、私はフォンス・ダントールの、嫁ですっ!」
その宣言に、ぽっちゃり大臣とディクシャールさん以外の皆が驚いた。畳み掛けるなら今だ。
「あなた、フォンスさんのこと、あいつ呼ばわりしてたってことは、彼のこと知ってるんですよね?お母さんの薬を買うためにわざわざネスルズまで出て来るような、家族想いのフォンスさんが、嫁という家族を平気で置いて敵国に寝返ると思いますか?そんな人じゃないって、一緒に暮らしてたら嫌というほど分かります。嫁が夫を迎えに行って悪いんですか?余計なことなんですか?」
ぐいぐい前に出て言い募った。手を伸ばせばすぐ届くくらいの距離まで近づいて、私はようやくフードに覆われた相手の顔をはっきり見ることができた。皺の数からして、コートルさんと同じくらい歳だろうか。思っていたより年配のようだ。そして戸籍を確認してから、私を見る目が少し柔らかくなったと感じた時、その眼差しにフォンスさんのそれが被った。
「…嫁、か。そうか…。ネスルズでは辛いことしかないだろうと思っていたが…、ちゃんとあいつも……っ!」
彼は独り言を呟くように言い、最後は唇を震わせて、込み上げる何かを堪えるように口を結んだ。
「フォンスさんが軍に入った当時のことは、詳しくは知りませんけど、辛いことだけじゃなかったと思います。ここにいる彼、エンダストリアの財務大臣兼宰相のトリードさんっていうんですけど、フォンスさんが戸籍を取るときに協力してくれたんだそうです。」
「トリード?その名はあいつが帰郷した時に聞いたことがある。恩人だと言っていた……」
自分の話になって、ぽっちゃり大臣も更に前へ出て来た。
「我々はダントール殿を信頼している。それと同時に彼も我々を信頼してくれている。昔の話は祖父から聞いている。この場で全てを水に流せとは言わん。だがここを通る間だけでも、目を瞑ってやってくれぬか。皆、命をかける覚悟でここまで来たのだ」
戸籍を確認したスカル人は、しばらく私とぽっちゃり大臣を見比べて何か思案した後、決断したように口を開いた。
「目は瞑らん」
「え……」
「もう日が暮れる。今から国境を越えようにも、夜の森は危険だ。獣の餌食になりたくなくば、今日は村に泊まって行け」
一瞬駄目なのかと思ったが、どうやら通してくれるどころか、一晩泊まらせてくれるようだ。助かった…と胸を撫で下ろしていると、目の前のスカル人は少しだけ微笑んだ。
「息子の嫁と恩人が訪ねて来たというのに、知らぬふりをするなど、できるものか」
「……、お、お父さんだったんですか!?」
驚きで声がひっくり返った。さっき一瞬眼差しがフォンスさんと被ったのは気のせいじゃなかったのか。
「す、すみません。生意気な口聞いて…。まさか親子だったなんて思わなくて」
「あいつと儂は似ているとよく言われていたが、敵意を剥き出しにしていれば、形相も変わろうて。気にするな。さて、ずっとここにいて冷えただろう?案内する」
いや、必死過ぎて寒さはあまり感じませんでした…。口調が穏やかになってからはなるほど、確かに話し方も雰囲気も似ている。顔はフードが邪魔で、目と鼻と口の最低限しか見えないけれど、フォンスさんが年をとったらああなるんだろうと想像できた。
フォンスさんのお父さんが「武器を下ろせ!客人だ!」と皆を先導する背中を見て、私はついて行く前に、フォローしておかなくてはいけない人がいたことを思い出した。半ば呆然としている二人の、姉の方に近づくと、彼女の目が泳いだ。
「リリー、今は時間がないから後で説明するけど、あなたの心配するようなことはないから。ほらトニー、何あなたまでぼーっとしてるのよ。リリーを連れて来て?」
はっと我に返ったトニーがリリーの手を引いたのを確認してから、私は先を行くぽっちゃり大臣の所まで走った。偽の嫁だけど、今のリリーの横には居づらかった。
流氷の浮かぶ夜の海は危険だからと、トリフさん達もすぐには帰らず、村に泊まることとなった。観光客などいない村に宿はない。私達は一番部屋数の多い、族長の家に案内された。族長はフォンスさんのお父さんの伯父で、化石のようなおじいさんだった。それが動いて喋りだした時は、驚いて飛び退きそうになる足を押さえるのに必死だった。
部屋数は多いとは言っても田舎村の家だ。私とリリーは女だから二人で一つの部屋をもらえたが、あとの男性陣は3つの部屋に分かれて雑魚寝だ。部屋でリリーと二人きりになったのをきっかけに、私はずっと黙ったままだった彼女に話しかけた。
「リリー、さっきのこと、説明するわ」
「…分かった」
彼女が私の顔をちゃんと見たのを確認してから、謁見の間であった経緯を話した。
「偽装って、そんなことできるの?聞いたことないわ」
「一応本当にフォンスさんの戸籍に入らなきゃいけないんだけど、国王様の前で"紙面上のことだ"ってはっきり言ってたし、国王様もその手続きを最大限省略する許可を出したのよ。普通は駄目なんだろうけど、戦争中にあまり事を荒立てたくなかったからかしらね。宮廷書庫に入るのは戸籍がどうこううるさかったくせに、偽装結婚にはけっこう国王様も協力的だったわよ」
「そう…、心配するようなことはないって、こういうことだったのね。私、まだ恋敵でいられるの?」
思い詰めた目で見られて、彼女は本当に、今回で駄目だったら追いかけるのをやめるつもりなのだと感じた。
「フォンスさんの攻略は難しいわ。いつも優しいからたまに誤解しちゃうけど、胃袋掴んだくらいではなびかないみたい。一緒に暮らしててもその気が無いって、けっこう辛い時もあるのよ?正直言うと、私も今回を最後にするつもり。彼がリリーを選ぶなり、どっちも振られるなりしたら、婚姻を解消してあの家を出ようと思ってる。元々書庫に入るために戸籍を利用して良いって話だったし、私が調べたって召喚の魔術は組み立てられそうにもないことが分かったしね。だから玉砕したら結婚している意味がないの。私にだってプライドがあるから、振られてまでズルズル居座る気はないわ。バリオスさんの家にでも押しかけて、戦争が終わってから世界と世界を繋いでもらう」
悪い結末は、考えると気が滅入る。だからあまり考えないようにしていたが、これが玉砕時の計画だ。
少しだけ表情から緊張の取れたリリーは、部屋の隅に視線を移し、ポツリと言った。
「…何で、偽装結婚のこと黙ってたの?」
「気軽に言えるもんじゃないでしょ」
「私に遠慮してとか、可哀想だからとか、そんな理由だったら怒るわよ?」
彼女は、今度は私の顔をキッと睨みつけた。この視線は嫉妬とは少し違う。プライドを傷付けたくない、自己防衛の視線。
「私があなたに遠慮したことある?黙ってることにしたのは違う理由よ。謁見する前日にトニーと喋ってたら、結婚の誓いについて彼が凄く真剣に考えていることが分かってね…。でも本人はそれで女の子に振られるって言うから、フォンスさんと一緒に、そんなことない、カッコイイ!って褒めちぎったの。その翌日に褒めた二人が偽装結婚しました!なんて言えると思う?トニーを傷付けたくなかったって言えば聞こえは良いけど、要は自分を取り繕うために黙ってだだけ。誰に遠慮したわけでもないわ。そういえば、トニーには偽装って説明した方がいいのかな」
「あなたが嫁宣言したのに、私がまだフォンスさんを追いかけてたら不自然でしょ。あなたが言いにくいようなら、私が説明してくるわ」
「ありがとう。トニーは時々急に激しい面が出ることがあるから、何て説明していいか迷ってたの。姉弟なら安心ね」
リリーが部屋を出て、しばらく一人でベッドに寝転がって悶々としていると、案外早く彼女は戻ってきた。
「大丈夫だった?」
聞くと彼女は少し考えてから答えた。
「一応ね。びっくりしてたけど、何とか納得してもらったわ。それから、私に説明を任せたんだから、後から苦情は受け付けないからね。おやすみ!」
一気に言い終わると、これ以上は聞かないとでも言わんばかりに、毛布をかぶって私をシャットアウト。
「苦情って、一体どんな説明をしたのよ……」
明日トニーに会うのが少し不安になった。