出る杭は打たれるもの(4)
スカルは肌を突き刺すような寒さだった。コートのフードで顔までは隠せない。風が吹くたびに頬がピリピリ痛かった。
夕方になって船が白い大陸に近づくと、人影が見えた。
「トリフさん、陸に誰かいるみたいよ?一人、二人、三人…って、ええっ!?」
小さな人影がだんだんはっきりするにつれ、それがけっこうな数であることが分かった。私の驚いた声に、トリフさんも操縦を他のおじさんに任せて、甲板へ出て来た。
「こりゃ盛大なお出迎えだなあ…。村人総出か?」
「そんな友好的に見える?槍みたいな物構えてるじゃない」
あわよくはスカルに着いても、誰にも見つからずにアメリスタの国境を越えられるかも、という期待もあったが、そうは問屋が卸さないってか。日は傾いているとは言え、晴れ渡った海を行く船はさすがに目立つよな。しっかり見つかってしまったようだ。
「私、皆に知らせてくる!」
「頼んだ!特にディクシャールさんには、下手に喋ったり威嚇したりするなって言っといてくれ!」
皆が甲板に上がり、古びて随分使われた形跡のない港に船が着く頃には、明らかに帰れオーラを放つ人達の顔がはっきりと見えた。フードで髪は隠れているが、皆肌も瞳も色素が薄い。スカル人だ。だが、フォンスさんと同じ色なのに、その視線に穏やかな温かさなど微塵もなく、吹き付ける極寒地の風と同じく刺すような冷たさだった。
「何者だ!」
スカル人の一人が甲板に向かって声を張り上げた。するとトリフさんが「まず俺が行く」と言って前に出た。
「俺達はトーヤンの商人だ!ちょっと訳あって、北からアメリスタの国境を越えたいって奴らを送ったんだが、とりあえず武器を降ろしてくれないか!こっちは危害は加えるつもりはない!一端陸に上がらせてくれ!」
最初に声を上げたスカル人は、トリフさんの言葉を聞いて、隣の人と何言か話すと、再びこちらに向き直った。
「武器は下ろさん!上陸は許可する!」
思い切り不審者扱いだ。私の横では、ディクシャールさんが「何だと…?」と言い返そうとしているのを、ぽっちゃり大臣が目で制していた。
「エンダストリア人が混じっているな。公国の国境を越えたいのはその者達か?確か今両国は戦をしているはず。事情とやらを説明してもらおう」
船を降りると、向こうも私達を観察していたらしい。メンバーの中のエンダストリア人を見て更に警戒を深めたようだった。
「俺は送ってきただけだからさ、詳しい事情は本人達に聞いてくれ」
トリフさんが困り顔で振り返ると、ぽっちゃり大臣が出て来た。
「説明したらここを通してくれるのか?」
「事情による。スカルを戦に巻き込むようなものなら、即刻帰ってもらう」
どうやら彼らの警戒は、昔の因縁だけが理由ではないようだ。
「…エンダストリアの司令官の一人が、任務中にアメリスタへ連れて行かれた。我々はその者の奪還を目的に国境を越えたい。貴殿らに協力しろとは言わん。ただ知らぬふりをしていてくれれば十分なのだ」
「何が十分だ。お前達の侵入がばれた時、アメリスタ相手に知らぬ存ぜぬで通せると思うか?スカルにも火の粉は降りかかろうて」
鋭いなあ。そこを何とか!なんて頼める雰囲気じゃない。ここはぽっちゃり大臣にねばってもらわないと、今までのことが全て水の泡になる。
「まあ待て。連れて行かれた司令官の名を聞けば、気も変わるだろう」
「何…?」
「フォンス・ダントールだ」
その名が放たれた瞬間、周りで槍を構えていた人達が、皆驚いたようにざわつき出した。
「動揺するな!!口では何とでも言える。エンダストリア人が、スカル人を奪還するだと?寝言をぬかすな」
「嘘ではない!彼は今や軍でかなりの信頼を寄せられている!ただ取り戻したいだけなのだ!」
さっきからスカル人を代表して話している人の頑な態度に、ぽっちゃり大臣が少し焦り始めた。
「エンダストリア人からどれだけ信頼されていようと関係ない。あいつは生きるため、戸籍を取って一時的でも帰るために軍へ入ったと、最後の帰郷時に言っていた。寝返ったとは考えんのか?奪還は余計なことかもしれんぞ」
「そんなことありません!」
ぽっちゃり大臣一人では負けそうだと思った瞬間、私は心で思ったことをそのまま口に出していた。スカル人達の視線が一斉に私へ集まる。
「見慣れぬ顔立ちの娘、お前はトーヤン人か?エンダストリアと無関係の者に、あいつの何が分かると言うのだ」
静かに、でも小馬鹿にしたように言われてカチンと来た。
「私は日本人です。知らないでしょうけど。それに無関係じゃありません。証拠見せますから、ちょっと待っててください!」
そう言って私は彼らの返事も待たずに、船へと戻った。
「確かこの辺に突っ込んだはず…、あった!」
それを持って甲板に上がり港を見下ろすと、スカル人達はさっきより近くで皆に槍を突き付け、「長話は無用!」と今にも襲い掛からんばかりに見えた。
「待っててって言ったでしょうがっ!せっかちな男はモテないわよ!」
ヒステリックに叫ぶと、下から「何だと!?」とか言う声が聞こえたがどうだっていい。もう港へ降りる時間も惜しい。証拠は紙だから、投げ落とそうにも風で飛ばされてしまう。私は辺りを見回して、近くの食糧箱からジャガイモもどきが覗いているのを見つけた。これでいいや!
「せっかちな男共!これが目に、入らぬかあっ!!」
叫ぶと同時に私はジャガイモもどきに括り付けた証拠を、ぽっちゃり大臣と話していたスカル人めがけて投げ付けた。
想いよ届け!……じゃない、証拠よ届けっ!