出る杭は打たれるもの(3)
「おーい!そろそろ流氷がでかくなってきたから、避けながら進むぞ!海に落っこちたくなかったら、部屋に入ってろー!」
トリフさんの声が聞こえた。ちょうど寒くなってきたところだ。私はぽっちゃり大臣と甲板を下りた。
「スカルで雷、見れるといいですね?」
「そうだな。恐ろしい気もするが、私だけ見たことが無いのは何となく腹が立つ」
彼はそう言って拳を握り締めた。やっぱり見たかったんだ。
「あ、それから私、雪国なら見れるかなあって、他にも期待してるものがあるんですよ」
「ほう、珍しいものなのか?」
「ええ、私の世界でもかなり寒い国まで行かなきゃならないんで、実際に見たことはないんですけどね。オーロラっていう、夜空に赤とか緑の光のカーテンができる現象です。雷は衝撃的って感じですけど、オーロラは幻想的ですよ」
オーロラは確か、北極や南極に近くないと中々見れなかったと思う。この世界の規模が地球と比べてどの程度なのかは知らないけれど、1年のほとんどが雪に覆われているというスカルなら、緯度は高い方なんじゃないだろうか。ごく稀に北海道で観測されたこともあると聞いたことがあるから、発生する条件が合えば見れるかもしれない。
「光のカーテンとな。うむ、良いではないか。夜空の星より幻想的なものがあるとは」
「星空にオーロラがかかったら最強ですよ。あ、それとオーロラとは関係ないんですけど、雪国のうさぎって雪を保護色にするから真っ白なんですよ。白いふわふわうさぎはディクシャールさんと違って、きっと可愛いでしょうねえ」
「なんと!私は灰色と茶色しか見たことがないぞ!可愛いのか?可愛いのか!」
この旅は、暗くて辛い、危険なものだ。ずっとそんな重たい感情を引きずったままいるのは、正直疲れる。スカルでオーロラやうさぎを悠長に見ていく暇があるとは思えないけど、心の中だけでも明るいことを考えていたい。この手の話に乗ってきやすいぽっちゃり大臣の、可愛いものを何でもかんでも愛でる変態チックな思想にも、今ではすっかり慣れてしまった。
「これが俺の故郷の味だ」
今日の夕食はトリフさん中心で作った、トーヤン料理だ。魚醤という、魚介をベースにした癖のある調味料を、彼は船に持ち込んでいた。日本でも地方によっては使われているが、私にとってはタイのナンプラーと言った方が馴染み深い。熱帯系のトーヤンではこの魚醤が故郷の味らしい。
「うわあ、懐かしい味」
「だろ?だろ?やっぱり故郷の味は良いもんだ」
私は昔タイ料理にハマった時の事を思い出して言ったのだが、召喚のことをまだ知らないトリフさんは、ちょっと勘違いして聞き取った。他のトーヤン人のおじさん達は上機嫌で食べている。
「変わってるけど美味しいわ。世界には色んな味があるのね。エンダストリアはけっこうワンパターンな味付けだから、店のメニューが少ないのよ。特にネスルズの男って、食事は燃料補給みたいに考えてる人が多いから、こっちは作ってても楽しくないのよね」
食堂経営者の目線で感想を言ったのはリリーだった。楽しくないと言われたネスルズの男性陣は、黙々と食べている。夢中な様子から、彼らもトーヤン料理が気に入ったようだ。
「そのネスルズの男達が今、夢中で食べてるから、一応美味しいものは美味しいって思うんでしょう?じゃあリリーの店から食文化改革してみたら?」
「それ、面白そうだな。やるなら俺に言ってくれ。ネスルズじゃ使われてない類の調味料、仕入れてやるよ」
「そう?改革なんて言葉を使うには、食堂のメニューじゃちょっと地味だけど、やってみようかしら。最初はお客さんの口に合うように工夫しなきゃね。サヤも協力してくれる?トーフを使ったメニューも色々開発したいし」
「勿論。さっきから食べてばっかりの男達を、実験台にしてね」
リリーはやる気になったようである。こうやって個人間で少しずつ理解を深めていっていれば、スカルとエンダストリアも上手くいっていたのだろうか。ぽっちゃり大臣からの又聞きだから、それだけで全て解決していたとは言えないけれど、ご近所付き合いも大事なんだな。
「明日にはスカル地方に上陸できるぜ」
夕食が終わった後、トリフさんが言った。いよいよフォンスさんの故郷に入る。彼の生まれた地に興味が湧く一方、ネスルズにあまり良い印象を持っていないだろうスカルで、何も起こらなければいいが、という不安もあった。
「トリードさん、あんたスカルに着いたらどうするですかい?帰るなら俺達と一緒でしょう。一端降りるなら、少しくらいは待てますけどね」
トリフさんに聞かれてぽっちゃり大臣は少し考えた。
「そうだな、一端降りるには降りる。ネスルズとスカルはあまり良い関係ではないからな。現地の者と問題が起こった時は、私が責任者として話をつける」
「了解」
今更緊張してきた。こんな大掛かりでややこしい旅なのに、我ながらよく一人で行こうとしたものだ。無知って怖い。でも自分が納得いくところまでぶつかっていくしかない。
なるようになれ!