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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
無謀な奪還の章
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出る杭は打たれるもの(2)

 スカルがエンダストリアの一部になってから、物資の行き来が徐々に増えだした。ネスルズからは良質な薬や生活雑貨、スカルからは動物の角や牙、毛皮などが売り買いされた。スカルの特産品とも言える角や牙は加工して置物や装飾品に、毛皮は絨毯等になったため、主にネスルズ近郊の貴族に受け、高値で買われていた。スカルには元々通貨が存在せず、言語も微妙に違っていたため、最初は物々交換だったが、それも徐々にエンダストリア語を覚えて物流が増えるにつれ、通貨でやり取りできるようになっていった。

 そしてエンダストリア語がスカルでも公用語となり、完全に通貨での売買が成立するようになったある時、ネスルズの発達した文化に興味を持った一部のスカル人達が移住し始めた。彼らは交易で貯めたお金で空き地を買い取り、そこに住み着いた。最初は家族単位だった移住者も、時を追うごとにどんどん増え、とうとうネスルズの一角がスカル人の街のようになってしまった。

 戸惑ったのはネスルズの住民だ。交易が盛んになってきたとは言え、スカルの物資が受けていたのは貴族だけで、高価な装飾品や絨毯に手の届かないネスルズの庶民とスカル人は、ほとんど交流がなかったのだ。それがいきなり街の一部を占拠してしまったものだからたまらない。ネスルズの庶民にとってはあまり気分の良いことではなかった。

 悪いことは重なる。移住したスカル人が働こうにも、警戒されてしまったネスルズで雇ってくれるところはない。仕方なくスカル人同士で商売を始め、ますますネスルズ住民との交流がなくなっていった。こうして同じ街に全く交流しようとしない二つの民族が住むという、奇妙な構図ができた。主に貴族のみで成り立っていた当時の政府が、首都の異常な雰囲気に気づいたころには、既に両者の対立は深刻なものとなっていた。スカルをエンダストリアの領土にしたくせに受け入れてもらえないという不満と、見慣れぬよそ者にいきなり街を一部占拠されたという不満。どちらも妥協して分かり合えるような段階は過ぎてしまっていたのだ。

 事態を重く見た政府が取ったのは、ネスルズ住民だった。エンダストリアで大多数をめる、庶民の心象を損ねたくないという、ごく当たり前の理由だ。政府は交易のこともあって強制はしなかったが、スカルへ戻る者には一定の資金を渡し、穏便に引き上げるよう働きかけた。それで約半数のスカル人は帰って行ったが、残りは追い出されるようで納得できない、もしくはネスルズの便利な文化に慣れてしまって戻りたくない、等の理由で留まり続けた。

 しかし、政府の後ろ盾があると思ったネスルズ住民の、スカル人に対する風当たりは強まる一方だった。数では圧倒的に不利な残った者達は、嫌がらせを受けることもしばしばあったが、それに対抗することはできず、結局一人、二人と引き上げていった。







 「祖父も私と同じ財務大臣だった。トリード家は代々財務に関わるのだ。祖父は当時のスカル人に引き上げる資金を渡す手続きを、幾度いくども行っておったからな。想像と現実との差に、ショックを受けて帰っていくスカル人を何十人も見てきたらしい。どちらの気持ちも分かるから、あの時初めて仕事が辛いと思ったと言っておった」

だんだんと大きくなる流氷を眺めながら、ぽっちゃり大臣は語った。

 ネスルズの人が嫌がらせまでしたことは良くないとは思うが、問題の根本はどちらが悪いと言うわけではない。同じ国になって交易も盛んなのに、空き地を買い取って引っ越すことの何が悪い?というスカルの人の気持ちと、いきなりやってきて街の一部を占拠したあげく、引きこもってコソコソ何やってるか分かったもんじゃない!というネスルズ住民の気持ち。他人の気持ちは口に出して言わなきゃ分からない。深刻になる前に、話し合いの場が持たれていれば、結末は変わっていたかもしれない。移住する前にスカルの文化が庶民にも知れ渡っていたら、そこまで深刻にならなかったかもしれない。テレビも無い、飛行機で気軽に旅行にも行けない、情報が限られた時代には有りがちな、単純な誤解の連鎖。

 「スカル人の移住が早すぎたのか、ネスルズ住民の理解が遅すぎたのか。人間の感情がこじれてもつれて、ダントール殿は時代の被害を受けてしまったのだと私は思う。ただ薬を買いに来ただけなのにな」

「私も見た目からしてよそ者ですけど、そこまで酷い扱いは受けてませんよ?」

「ダントール殿の頃から、世代は一つ変わっておるからな。親の世代も、昔スカル人を追い出してやった!などと堂々語ることはせん。故に若い者達の一部には警戒せん奴も出てきた。それにお前の場合、ダントール殿のおかげで、真面目で害の無い移住者もいるという前例ができておったからな」

そういえばトニーは、スカル人は気温が合わないからネスルズにいないと言っていた。彼の世代辺りから、スカルに対する意識が変わったのかもしれない。そしてフォンスさん、グレずに生活してくれてありがとう!おかげで私はおおむね平穏です。

「不謹慎ですけど、フォンスさんがエンダストリアで地位を得てから召喚されて、良かったです。もし彼が薬を買ってすんなりスカルに戻っていたら…って考えると恐ろしいです。私あっという間に野たれ死んでますよ、きっと」

「そうか?お前は一言多いが、何やかんやで要領は良い。それに無意識か知らんが、癖の強い人間の心を掴むのも上手い。この船にいる者と、ネスルズに残ったバリオス殿とコートル殿。皆お前を信用しているから協力するのだ。そんなお前なら、例え立会人がディクシャール殿であったとしても、上手くやっていたように思えるがな」

「褒めてくれるのは嬉しいですけど、ディクシャールさんだったら即行で喧嘩になって、牢にぶち込まれてると思います……」

遠い目をして言うと、ぽっちゃり大臣は私の言った状況が想像できたようで、「そうかもな」と笑った。


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