世の中所詮そんなもの(3)
例え失敗であっても、国王は私と話をするそうだ。どうやら召喚については国王も許可を出していたかららしい。トップと直接話せるのはありがたい。そうなるようダントールさんが事情を説明してくれたのかもしれない。
「いつお話できるんですか?」
「すまないが明日まで待ってほしい。謁見には色々手続きが必要でな。今日中には終わらせる」
「…わかりました。それで、あの…」
ここで私は声をを詰まらせた。もちろんわざとだ。
「ここでの私の立場ってどんなものなんでしょうか…。わ、私…これからどうなっちゃうんですか?」
「サヤ…」
弱々しい私の声を聞いて、ダントールさんは顔を歪ませた。
後一押し。考え込むフリをしながら瞬きを止める。良い感じに目が乾いてきた。眼球に力を入れると涙が出てきて溜まった。まだ零してはいけない。泣きたいのを堪えているように見せるのだ。
「サヤ、陛下は暴君ではない。君は何も悪くないのだから、心配しなくていいんだ」
小さい子を諭すように真剣に語りかけるダントールさんを見れなくて、私は思わず顔を左に背けた。それを悲しみに耐え切れなくなっての行為だと勘違いしたのか、ダントールさんは私の両肩に手を置いて更に言った。
「謁見には私も立ち会う。ずっと側についていよう。今日会ったばかりで言うのも何だが、決して悪いようにはしない。信じてほしい」
力強い言葉を聞いてから背けた顔を戻し、彼と視線を合わせた。そして頷いた後に瞬き一つ。左目から涙が一筋零れ落ちた。
完璧だった。
こんなことなら大学を卒業した後は就活なんかせずに、オーディションでも受けて女優を目指しても良かったんじゃないか。そう思うくらい我ながら迫真の演技だったと思う。私だってやればできるんだ。二人きりで、部屋に余計な横槍を入れる人がいなかったのも幸いした。
トニーが私の年を若く間違えたように、ダントールさんも多少私を若く見ている可能性が高い。さっきの諭し方からもそんな気がする。とても三十路カウントダウンが始まった女に接する態度には思えなかった。
よし、役の方向性が決まった。年は21か22の無力な女の子。泣きたいのを堪えて強がっちゃう女の子。ああ、会社のオヤジどもが鼻の下伸ばしそうな役だな。こういう新入社員の子を見て、妬んだり苛ついたりしてたのが普段の私だった。
ここに来て自分を客観的に見れるとは思わなかった。もし帰れたら、一度オヤジどもの前でぶりっ子してみるのも面白いだろう。うざったがってツンケンしても何の得もないし。
帰れるかな。帰りたいな。
窓の外を眺めて思う。外はもう夜になっていた。部屋は移されて、今度はちゃんと窓のある客室だ。
靴は借りれた。バリオスさん達と同じ平靴だ。そして食事も貰えた。素朴なハード系のパンと優しい味わいの野菜スープ、それに何かの肉を焼いたもの。味付けはシンプルに塩と香辛料のみ。食文化はあまり多彩ではないようだ。
今のところダントールさんは私を無下に扱う気はないらしい。国が大変なのにお人よしなのか、大人の余裕なのか。
耳にそっと指を持っていくと、彼に刺されたピアスに触れた。もう痛みはない。生真面目そうな彼のことだから、きっと言葉の問題とか、他にも色々想定してこんな魔法のアイテムを用意していたに違いない。これがなければきっと、いや絶対暴れていただろう。そうして下手すりゃ今頃こんな風に部屋でのんびりできていなかったかもしれない。
このピアスが今の私と彼を繋ぐもの。
そこまで考えたら、急にドキドキしてきた。
いかん、いかんぞ。頼る相手がダントールさんしかいないからって、今日会ったばかりの男性が気になるなんて。そこまで飢えてなかったと思うけれど…。
きっと窓から見える魔法の光でできた街灯が幻想的で、雰囲気に飲まれただけだ。余計なことを考える前にもう寝よう。明日懐柔しなくちゃいけないのは国王だ。ダントールさんにドキドキしてる場合じゃない。
日本みたいに毎日お風呂に入るわけではないから、身体を濡れた布で拭いて、寝巻と思わしき長い貫筒衣を着た。今まで着ていたトレーナーも寝巻代わりだったが、せっかく用意してもらったのだから着てあげよう。
ベッドに入って目を閉じると、意外に早く睡魔が訪れた。