出る杭は打たれるもの(1)
船は順調に進んでいた。人間関係も問題ない。そして、意外な二人の話が弾んでいる所を見た時はびっくりした。
「それでな、本当に可愛らしくて、天使のようだと思ったのだ」
「まあっ!そうなんですか?今の凛々しいお姿から想像するに、子供時代は大人びてらっしゃったんだと思ってましたわ」
「…随分盛り上がってるじゃない。まさかあなた達が意気投合するなんて思わなかったわ」
ぽっちゃり大臣とリリーである。フォンスさんの若かりし頃の話をしているらしい。
「サヤ、あなたも入る?トリードさんってば、私では到底集められないようなダントールさんの情報をお待ちなのよ」
「私はいいわ」
変態と変質者で気が合うのだろうか。少年時代のフォンスさんには興味が沸くが、正直あの二人の中に入るくらいなら、性悪うさぎに聞いた方がいい。
「もう、後で聞いて来ても、教えてあげないから。トリードさん、他には?」
「うむ、昔は少し気が短かったのだ。ある日、あまりの可愛さに頭を撫でてやろうとしたらな、一瞬で私の手首を掴んで捻ったのだ。コートル殿が止めてくれたから怪我はせんかったが。今思えば、あの頃から既に軍人の才能が溢れておったわい」
「そんな激しい面があったなんて!」
デレデレした顔でぽっちゃり大臣が話すと、リリーは頬に手を当ててはしゃいだ。あのテンションにはついていけそうにない。
トニーはディクシャールさんのトレーニングを受けていた。スクワットをするトニーは、腰にゴムの水袋、そして肩には何故か食糧の入った袋を担いでいる。その側ではトリフさんが、食糧の袋を心配そうに見ていた。
「あの、トリフさん。何でトニーはあんな格好してるんですか?」
聞くと彼は困った顔でため息をついた。
「さっきまでは水袋だけだったんだ。鍛える時に使いたいって言うから、腰に巻けるように俺が作った。しばらくしたら、もっと負荷を付けろってディクシャールさんが言い出してよ。もう水袋がないって言ったら、食糧の袋を担いでやるなんて言うんだ。こっちは落とされないか冷や汗もんだぜ…」
なるほど。それは私も心配だ。この船では、私とトリフさんとリリーが食事当番なのだ。食糧は物によっては、落としたりすると傷みが早くなる。海の上では買い直すなんて不可能だから、なるべく食材を大事に扱っているのだ。
「トリフさんが言いにくいなら、私が言うわ。ちょっと!!」
「何だ?小娘。今は訓練中だぞ」
「食糧を訓練に使わないでくださいよ。もし落としでもしたら、傷みが早くなって食べられなくなるじゃないですか」
私の言葉にトニーはスクワットを中断し、ディクシャールさんを窺うように見上げた。
「誰がやめて良いと言った!聞いただろう?落とすと飯抜きらしい。心して励め!死んでも落とすな!?」
「はっ!」
再び訓練を始めた二人に、私とトリフさんは顔を見合わせた。
「…一応言ってみたけど、無駄だったようね」
「ああ、そうだな。落とさないことを祈るしかないのか……」
「うーん、後でトリードさんからも言ってもらうわ。そのために同行してもらってるんだもの」
国王様には悪いけど、やっぱりぽっちゃり大臣を拉致って良かったと思った。
良風に煽られ3日。船は予定より早くスカル地方近海に入った。
この辺は地の力が弱いはずだから、私の翻訳ピアスも使えなくなるかもしれないと心配していたが、トリードさんに見せたら、ピアスの赤い石が、ネスルズ付近から出た特殊な石らしく、地の力を蓄えているから機能に影響はないと言われた。
「何かあまりにも都合が良すぎると思うのは私だけでしょうか」
「お前だけだ。使えなくなるなら、出発前にバリオス殿が対策を取っている。彼は変わり者だが、そういうところは抜かりない」
そうかな。けっこう抜けてること多いような気がするけど。でも、とりあえず使えるなら助かる。
甲板に上がると空気が冷たい。鼻の奥がツンとした。
「わあ、流氷だ!小さいけど初めて見たわ」
「む、娘、お前、よくっ…平気だなっ」
分厚いコートを着たぽっちゃり大臣が震えながら言った。流氷が見られるからと言って、私は彼を甲板まで連れ出したのだ。
「そんな所に縮こまってたら見えないでしょう?さっきまであんなに見たそうにしてたのに」
ぽっちゃり大臣は興味に引かれて出て来たが、他の人達は部屋から出ようともしない。確かに寒いけれど、私にしてみれば大袈裟過ぎる。
「今からそんな感じなら、スカルに入ったら凍死しそうですね。じっとしてるから余計に寒いんですよ。トニーと一緒にディクシャールさんの訓練でも受けて来たどうですか?」
「馬鹿を言うな!熊男にしごかれても平気なヴァーレイはおかしいのだ。私のような事務作業向きの人間なら、凍死する前にそっちで死ぬわ!」
そうは言っても動いた方が良いと思ったようで、彼はウロウロと甲板を歩き出した。フードをかぶり、背中を丸めてちょこちょこ歩く姿を後ろから見ると、なんとも言えない可愛さがあった。
「ぬいぐるみというか、マスコット的な可愛さね。フード取っちゃうとちょっとアレだけど……」
独り言を呟くと、ご自慢の地獄耳でしっかり聞かれてしまい、「お前はいつも一言多い!」と怒られた。
しばらくすると、身体の温まったぽっちゃり大臣は、甲板の縁に立って流氷を眺めだした。
「海に氷の塊が浮いておるのか。何とも面白い。ダントール殿は私達とは全く違う環境で暮らしていたのだな」
「正反対ですよね。フォンスさんはエンダストリアの気温によく慣れたと思います」
「最初コートル殿が道端で倒れている彼を見つけた時は、脱水症状を起こしていたらしい。慣れるまでにそれなりの苦労はあったと思うぞ」
そういえば、フォンスさんは、出かける時は水を持ち歩きなさい、っていつも言ってたな。自分が倒れた経験があるから、あんなに口を酸っぱくして言ったのか。
「倒れるまで、誰も水を飲めって教えてあげなかったんですかね?見た目も明らかに雪国出身の人が、帰れないでウロウロしてるのに」
「あの頃の市井は、今よりずっと警戒心が強かったのだ」
「…何でスカルの人はそんなに警戒されたんですか?」
私も街中では知らない人にジロジロ見られてるなあと感じたことはあったが、リリーや食堂の従業員達みたいに気にしない人もチラホラいた。だから市井はまだグローバル化されていないから、で済ませられる程度だった。でもフォンスさんは以前、"スカル人は昔差別を受けてネスルズから引き上げた"と言っていた。それはスカルの人が、ネスルズの人から疎ましがられていたということ。何か疎ましがられるようなことでもしたのだろうか。容姿は違えど、スカルはエンダストリアの一部のはずだ。引き上げさせるほど警戒するには、何か理由があるような気がした。
「何故警戒されたのか。理由は有りがちなものだ。私が物心ついた頃には、スカルの者は皆引き上げていた。だから祖父から聞いた話になるのだが……」
そう言ってぽっちゃり大臣は昔話を始めた。