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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
無謀な奪還の章
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旅立ちの前はバタつくもの(6)

 甲板かんぱんにぽっちゃり大臣がいるのを見つけ、ディクシャールさんは顔を引きらせた。私が殺気を感じて逃げようとする前に、彼は私の頭を掴んだ。まだ痛いほどの力は入れていない。

「小娘…、トリード殿の役職名を言ってみろ」

「いっそ一思いに絞めてくださいよっ!焦らして恐怖をあおるなんて、相当悪趣味だわ!」

私は首から下だけをジタバタさせてわめいた。

「役職名を言え」

「ええっと…、財務大臣?お金数えるの早くて、さすがですよねえ」

「それと?」

まだあったっけ…?思い出さないとヤバイ!

「5つ数えるまでに言え。5、4、…」

「そんなにすぐは無理!」

「…2、1」

「私は宰相を兼任しておる」

覚悟を決めて目をぎゅっと閉じた時、本人が答えを言ってくれた。目を開けると、ぽっちゃり大臣がディクシャールさんの肩をぽんぽんと叩いていた。

「役職名を言えたところで、大臣と宰相という職がどのようなものなのか、この娘が正確に理解しているとは思えん。船は出てしもうた。ここで争っても仕方あるまい?」

「…ですが……」

「貴殿がすぐそうカッとなるから、私が同行する羽目になったのだ。国政のことを何も知らぬ娘からすれば、私はただの金持ちでしかない」

しまったなあ、忘れてた。宰相と言えば、国のNo.2だったっけ。どんな仕事してるのかは知らないけど。

「あのう、トリードさんを拉致らちるの、もしかしてヤバかったですか?」

恐る恐る聞くと、ディクシャールさんはため息をついて手を離した。とりあえず、助かった…。

「娘、今は戦時中だからな。軍が中心となっての政治を行っているが、それでも私の不在が長引くのはまずい。バリオス殿が見ておったから、コートル殿に説明してくれるだろうが…。とりあえずはスカルまで同行する。アメリスタに入ってしまえば、ディクシャール殿も暴走する暇さえあるまいて」

「十分です!トリードさんって話の分かる人ですね。早速性悪うさぎの暴挙を止めてくれたし…あいてっ!」

横からディクシャールさんが指で私の頭を弾いた。彼がやると、裏拳うらけんのような衝撃だ。

 「そんなにうさぎが好きなのか?こんな熊のような男を無理矢理うさぎに例えずとも、もっと可愛らしい人形をいくらでも買ってやる。この間も贈ったであろう?」

私がこめかみを押さえてディクシャールさんを睨んでいると、ぽっちゃり大臣が怪訝そうに言った。やっぱり激しく誤解していたようだ。

「うさぎはまあ、嫌いじゃないですけど、ディクシャールさんをそう呼ぶのは、似ても似つかない可愛いものに例えてからかってるだけです」

「そうなのか!?では贈り物はうさぎより熊の方が良かったのか……」

どうやら彼は、女性への贈り物を選ぶのは微妙に下手くそのようだ。

「何でそうなるんですか…。でも役には立ってます。ディクシャールさん本人の代わりに八つ当たれますから」

「なるほど。では次は砂袋にうさぎの型を付けて贈ろう。その方が使いやすい」

「砂袋?」

どんなものなのか想像できず聞き返すと、ぽっちゃり大臣は思い当たったように手をポンと打った。

「そうか、お前は軍のこともあまり知らなんだな。隊によっては訓練で使うことがあるのだ。人の上半身ほどの皮袋に砂を詰めて、擬似標的にする。殴るなり蹴るなりして使うのだよ。第3隊は特殊故によく使う」

要はボクシングジムとかにある、サンドバッグのことか。うさぎの型付きということは、アップリケでも付けてくれるんだろうか。

「へえ、良さそうですね、それ。この前のぬいぐるみは可愛すぎて、殴った後にちょっとだけへこむんですよ」

贈り物を八つ当たり道具にされて嫌がるかと思いきや、意外にぽっちゃり大臣は協力的だった。彼も色々ストレス…溜まってんのかな。まあ最近は、私がその種を増やしているような気がしないでもないが。

 一段落したところで、まだ初対面同士もいることだし、皆を甲板に集めて簡単な自己紹介を行った。

「全員と面識のある私は省かせてもらいます。では、年長者のトリードさんからどうぞ」

私に言われてぽっちゃり大臣が一歩踏み出した。

「私はエンダストリア王国の宰相兼財務大臣、カルル・トリードだ。同行する予定ではなかったが、この娘に是非ともと言われて、とりあえずはスカルまで行く」

良かった、皆の前で拉致ったとか言われなくて。彼のこういうところは好きなんだよな。

「俺は第5隊と6隊の司令官、ラビート・ディクシャールだ。万一戦闘になった時は、死にたくなきゃ全員俺の指示に従ってくれ」

「僕は、第3隊のトニオン・ヴァーレイです。ダントール司令官の部下です」

「トニオンの姉の、リリシアです。食堂やってます」

「俺はチカジ・トリフ。トーヤンの商人だ。今作業してる他のオヤジ達も皆、トーヤンかその近隣国出身の商人。スカルまでの操縦は任せてくれ」

商人のおじさん達も合わせて、フォンスさん奪還隊は十数人。一人旅だと思っていたのに、小さい船にとって定員ギリギリの人数にまでなってしまった。ここまで周りを巻き込んだんだ。絶対にアメリスタに入って、フォンスさんに会わないと!

 自己紹介の後、それぞれ荷物の整理に取り掛かった。

 私がバリオスさんが用意してくれた、大きなリュックの中を確認していると、中から卓球のラケットサイズの板が出てきた。片面は板で取っ手が付いていて、もう片面は薄いゴムが貼り付けてある。

「何だ?これ。暇になったら卓球でもしろと?いや、それにしては取っ手の位置が違うな。その前に、バリオスさんが卓球を知ってる訳ないわよね」

更にリュックを探ると、手紙が出てきた。

「ええと、サヤさんへ。この手紙を読む頃には、あなたはもう海の上でしょう。せっかくスタンガン対策のヒントをいただいたのに、完璧な防具を完成させることができないまま、送り出すこととなってしまい、申し訳ありません。一応あれから作り直した試作品を入れておきます。エレクトリックガード(仮)3号です。金属ではない、硬くて加工しやすいものが木しか思い浮かびませんでした。持ち運びやすいように小さくしています。敵の一撃目を振り払うくらいに役立ったら、と思っています。では、気をつけて。帰ったら感想を聞かせてください。ルーゼン・バリオス。」

読み終わって、泣きそうになった。こんなこっそり入れておくなんて、反則だ。その優しさがあれば、ディクシャールさんに色々伝授してもらわなくても、十分口説けるはずだ。あんな投げやりな私のヒントでも、ちゃんと真剣に取り組んでいたのか。この瞬間に私は初めて、もっと科学を勉強しておけば良かった、と後悔した。

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