旅立ちの前はバタつくもの(5)
男性陣が、定期便に積んであった不要な荷物を下ろし、代わりに私達の荷物を積み込んでいる間、私はリリーに詰め寄られていた。
「さっきあの司令官さん…ディクシャールさんだっけ?彼が行ってた事の中に、気になる言葉がチラチラ入ってたんだけど、聞いていい?」
「嫌って言ったら引き下がるの?」
「まさか」
「じゃあ聞いていいかなんて聞かなきゃいいじゃない」
そういえばリリーは一般人だから、まだ召喚については知らなかったはずだ。
「サヤ、あなた何者なの?土地勘どころか世界勘がないって、意味分かんない。あなたがここに来た事情を詳しく知ってるのは一部だけ、みたいな言い方だったし」
「言葉通りに理解してくれると、手間が省けるんだけど」
「自分の存在理由を省かないで」
うわ、キッツイなあ。存在理由か…。リリーに他意はないだろう。ただ私がエンダストリア来た経緯を知りたいだけ。けれど、改めて考えると、救世主じゃない私がここに存在する理由って何だろう。
バリオスさんの手違いはただのきっかけ。フォンスさんの気を引くのはただここに居座るための動機。私って何のためにこの世界に存在しているのか。
私がいてもいなくても、リリーがフォンスさんが好きだということは変わらない。いない方が彼女は恋敵がいなくて済む。
私がいてもいなくても、何年も前から潜り込んでいたルイージはフォンスさんに接触していただろう。いない方が、フォンスさんはアメリスタに行かなかったかもしれない。
私がいてもいなくても、いずれスタンガンが暗殺に使われて、バリオスさんがそれについて調べ始めていた。いない方が、トニーは狙われなかった。
私の存在に関係なく、この国の歴史は進み、人々の生活も進む。生活向上の智恵をちょっと出したくらいでは、何も変わらない。いなかった方が、物事が上手く進んでいたと思えることすらある。ディクシャールさんはこの前私を仲間だと、必要だと言ってくれた。その時は嬉しかったけど、私がいたから解決した、と彼が言っていた第3隊襲撃事件も、結局私のあやふやな知識を披露しただけでルイージは逃げ、バリオスさんも有効な防具を完成させられず、解決したとは全く言えない。
本当に私はこの世界で必要?
私が存在して奮闘することで、何かが良い方向に変わる?
存在するだけでいいと言ってくれる親さえいないこの世界で、今の私は、ただの異物じゃないか。なのに帰還方法探しを中断して、ここに入り込もうとしている。
「ちょっと、何ボーッとしてるのよ?」
リリーの声で我に返った。いけない、鬱々としてる場合じゃなかった。
「ああ、ごめん。簡単に言うと、私はバリオスさんの魔術で、こことは違う世界から呼び出されたの」
「よ、呼び出す?違う世界?じゃあ、ニホンってこの世界にはどこにもないってこと?」
「そうよ。トリフさんはトーヤン周辺の小さい国の中にあるだろうって思ってるようだけど」
リリーは案の定信じられないと言った顔をした。まあ、それはそうだろう。異世界召喚の物語が溢れている世界の私でさえ、最初は臓器売買組織の外国人にさらわれたと思ったくらいだ。
「何で呼び出されたの?」
「最初はアメリスタとの戦争に勝つために、救世主を呼び出したかったらしいんだけどね。何を間違ったのか、普通の一般人の私が現れちゃって…。帰り方が分からないから、たまたま立ち会い人だったフォンスさんが養ってくれてるってわけ」
「それは…災難だったわね…、で良いのかしら。そんな人、初めてだから…何て言っていいのか分からないわ」
「まあ、災難っちゃ災難だわ。立派な人災よ」
こういうのがいい。下手に同情されない感じ。今の私には丁度いい。
「そっか。災難に遭って最初に見たのが素敵なダントールさんなら、そりゃ惚れるわね」
「え、そっちに考えるの?」
「そっちってどっちよ?惚れてるなら、何でも絡めて考えるに決まってるじゃない」
完全に恋する乙女の思考回路だ。それなら気軽に聞けるかな…
「ねえ、リリー。間違いで呼び出された私がここに存在する理由って、何だと思う?」
「は?理由?そんなの後付けするもんでしょ」
即答だった。理由は、後付けするもの…?
「サヤが何でそんなこと聞くのか知らないけど、人間いちいち何にでも理由つけてから行動してたら、何もできないわ。勘で生きなきゃ。私がフォンスさんに惚れたのも、サヤと友達になろうと思ったのも、全部勘よ。後から理由を考えて、ああ間違ってなかったなって思うの。あなたも後になってから、何のためにここに存在するのか、理由を付けられるんじゃないかしら。分かんないんだったら、今は考えるタイミングじゃないってことね」
さも当然のようにリリーは言った。理由が付けられるようになるまでは、考えるタイミングじゃないんだ…。彼女らしい考え方。それに今は乗っかってもいいかな。楽な方が好きだから。
船の上から「行くぞー!」と呼ばれ、出発が近いことを知る。乗り込んで甲板からネスルズを眺めると、遠くに王宮が見えた。今まであそこにいたのに、雄大過ぎて現実味を感じない。絵画を見ているようだ。
ふと下を見ると、出発の時に振る用のハンカチを嬉々と出しているぽっちゃり大臣が目に入った。その時ふとあることが頭を過ぎった。
「トリードさーん!」
「何だあ!忘れ物かー!?」
「そうですー!ちょっと来てくださーい!」
私の言葉を信じて、ぽっちゃり大臣は甲板へと上がってきた。
「何を忘れたんだ?」
「それは…あなたですっ!」
言うと同時に、私は船に乗り込むためにかけてあった板を外して、港に向かって放り投げた。
「な、何を…むぐっ!」
「トリフさーん!準備できたんで、出して下さあーい!!」
ぽっちゃり大臣の口を押さえて叫ぶと、船はゆっくり動き出した。
「サヤさーん!出発の餞贐を差し上げますー!」
駆け足ほどのスピードで港を進む船の横を走りながら、バリオスさんが言った。
「そんな所から、何くれるんですかー!?」
「旅は出発が肝心!少しでも早くスカルへ着けるよう、魔術で後押ししまーす!」
バリオスさんは走りながらブツブツ呪文を唱え、船に向かって手を突き出した。嫌な予感…
ゴウッという音と共に、船の帆がはち切れんばかりに膨らんだ。突風に吹かれたと思ったら、船が急にスピードを上げ、私はぽっちゃり大臣と一緒に床へ転がった。こんなシーン、海賊アニメで見たことあるような気がしたんだ。嫌な予感的中!転がり過ぎて船酔いしそう!
魔術の突風に吹かれた船は、あっという間に港から離れて行った。
「…娘、どういうつもりだ?」
少ない髪の乱れを直しながら、ぽっちゃり大臣が若干怒りながら言った。
「理由は二つ。一つはあなたのお財布が魅力的なこと。もう一つは、メンバーを考えるとディクシャールさんが一番上の立場ですから、彼が暴走しそうな時にそれを止める役が欲しかったんです。さっきもトニーの頭が危うく潰されそうになってましたしね。直感であなたがいた方が良いと思いました」
早速リリー流に勘で動いてみたのだ。
「暴走はお前でも止められんのか?」
「怪我したくないんでお断りします」
笑顔で答えたらため息をつかれた。
「ディクシャール殿の前に、お前が暴走しておるではないか」
「まあまあ、今更戻れませんし、仲良くしましょうよ。あ、雷見たことないんでしょう?目に見える電気のアレ。一緒に来たら、きっと見れますよ」
「ふんっ!み、見てみたいなどと言った覚えはないぞ!」
ぽっちゃり大臣が天邪鬼ということは知っている。口ではそんなこと言っても、一瞬目が光ったのを私は見逃さなかった。
多少強引ではあるが、メンバーが一人増え、フォンスさん奪還隊はにぎやかに加えてリッチになったのだった。