旅立ちの前はバタつくもの(4)
とりあえずは、ぽっちゃり大臣が定期便のおじさんにお金を払い終わるのを待った。
彼の財布は、ディクシャールさんの大きな拳が軽く4つは入りそうな革の袋で、硬貨がパンパンに詰まっていた。チャリチャリという可愛い音すらしない。袋の口から除く硬貨は金色だ。
買い物しながら学んだここの硬貨。金色のアレは1枚で3万円ほどの価値があるようだ。1000出すと言ったぽっちゃり大臣は、小さめの古い定期便船を借りるのに、3000万円出すと言ったに等しい。改めて計算すると、貴族というやつは雲の上の存在なのだと分かり、今までの彼に対する態度に少しだけ恐縮した。
ぽっちゃり大臣がその辺に無造作に置いてあったオンボロテーブルに、持ち主のお腹の形そっくりな財布を置くと、ギヂャンッ!という、今後一生聞けそうにもない音がした。彼はそのぽっちゃり財布から硬貨をギヂャギヂャッと出し、1000枚を数え始めた。この辺はレトロだ。向こうの世界みたいに硬貨を数える機械なんて勿論ない。王宮の金庫番である彼は、大量の硬貨を数えるのには慣れているからか、物凄いスピードで寸分の乱れも無く硬貨を積み上げていく。思わずその手捌きに見とれてしまうほどだ。
1000枚出し終わっても、ぽっちゃり財布にはまだ3分の2ほど詰まっていた。どれだけ持ち歩いているんだ。歩く身代金なんて、生で初めて見たぞ。
「ありがとうございます、トリードさん。協力してくれる…と思っていいんですか?」
「ああ、ダントール殿のためだ。金だけで協力するというのは情けない話だとは思うが…私にできることはする」
「トリード殿に見せ場を持って行かれた……」
トリードさんの後ろでバリオスさんが落ち込んでいたが、今は慰める時間がもったいないので、とりあえずスルーだ。
「本当に助かります。ところで、ディクシャールさんとトニーは、見送りに来てくれたんですか?今更止めても却下しますよ」
「止めるのならトリード殿を先に止めている」
「じゃあ……」
私が"見送りですね?"と言う前に、ディクシャールさんは性悪そうな笑みを浮かべて頷いた。
「同行しに来た」
「サヤ、僕らも一緒に行くんだよ」
「「ええ!?」」
思わずリリーとハモった。ディクシャールさんとトニーはお互いに視線を合わせ、「だよねー?」とでも言わんばかりにアイコンタクトを取った。いつの間にそんな親しくなったんだ、この二人は…。
「ちょっと待って。一体どうやったらそんな展開になるんですか?その前にトニーはフォンスさんの件、知ってるの?」
混乱して矢次早に聞いた私を、ディクシャールさんは手で制した。
「順を追って説明するとだな。まずお前が啖呵切って部屋を出た後、やっぱり俺達だけでもあいつを信じてやらなければ、と言う話になったんだ。それから、多分王宮を出て行くだろうお前に協力することになった。だが土地勘どころか世界勘すらない奴に一人旅をさせて、上手くいく確率なんぞ0に近い。とは言ってもお前がここに来た経緯を知る者で、奪還の旅に同行できる人間は、俺かこのヴァーレイくらいだ。必然的に俺達が同行することになった、というわけだ。ヴァーレイは今朝起床時間前に叩き起こして、ここまで引っ張って来た。事情は道中に説明している。後のことはコートル指令官長が何とかするらしい」
「何で昨晩来た時に話してくれなかったんですか……」
事の成り行きは分かった。勿論、同行してくれるのは心底ありがたい。でも話そうと思えば、昨日できたじゃないか。仲直りしたあの良い雰囲気で「俺も行くぞ!」とか言ってくれたら、どんなに心強かったか。
「…なんとなく、仕返しに?」
ディクシャールさんはニヤリとして首を傾げた。かっっっわいくねえ!自分で勝手に泣いたくせに、そんなの責任転嫁だ。
「…バラしましょうか?アレ」
「バラして無事で済むと思うなら、バラせ」
右手の指をわきわきとさせる彼の目に本気を悟り、私は黙った。アイアン・クローは喰らいたくない。
「サヤ、ディクシャール司令官に何をしたんだ?…二人だけの、秘密なのか…?うわったたたたた!!」
"二人だけの秘密"と少し寂しげに聞いたトニーの頭を、ディクシャールさんはさっきまで動かして準備万端だった右手で掴んだ。
「ヴァーレイ、お前はどうしてそう、変に捻じ曲げた言い方をするんだ?フォンスは随分と甘やかしていたようだな。俺はそうはいかんぞ?」
「も、申し訳ございません!」
「ちょっと司令官さん!やめてください!トニーは捻じ曲げてるんじゃなくて、曲がらなさ過ぎるだけです!」
リリーは可愛い弟を庇ってディクシャールさんの右手を掴み、ようやくトニーは解放された。
「ふんっ…道中その口を鍛えなおしてくれる」
鼻を鳴らしたディクシャールさんに、バリオスさんみたく変な言葉を教え込まれなきゃいいけど…と少し不安に思った。
何はともあれ、最初の予定より随分とにぎやかな旅になりそうだ。