旅立ちの前はバタつくもの(3)
トリフさんが声をかけた他のトーヤン人達は、私がちょくちょく顔を見せて買い物をしていたからか、「ああ、あの子の用事ね」と言って、渋ることなくバリオスさんの出した条件で引き受けてくれた。
「これって、バリオスさんの条件が気に入っただけじゃなくて、私というお得意様の特権もある気がするのよね」
これ見よがしに胸を張るバリオスさんを少しからかいたくなって、私は後ろからぽそっと呟いた。
「おおっ!それもそうですな。では私とサヤさんは、最強コンビというわけです!」
「何でそうなるんですか……」
「ヒューヒューッ!」
バリオスさんのよく分からない解釈を、リリーが冷やかして口笛を吹いた。
「…リリー?」
「何よ?サーヤルが"貰ってやる"って言った時、あなたかなりニヤニヤしてたでしょ。お互い様よ」
混乱していても、しっかり私の表情はチェックしてやがったのか。さすがは恋敵。
「私は口笛は我慢したわよ?」
「ニヤニヤしてたら一緒よ」
「まあまあ二人とも。サヤさんとは良いコンビでも、私の永遠の恋人は魔術ですから。喧嘩をしないでください」
バリオスさんは大きな荷物を手押し車に乗せて、コロコロ押しながら苦笑した。
「あなたがそれを言わないでください!」
「…何でこう解釈を微妙に間違うかな…この人は」
噛み付くリリーとは対照的に、私は今までのバリオスさんの迷言を数々思い出して、うんざりした。
私、バリオスさん、リリー、トリフさん、そしてその他船員候補のおじさん達は、ぞろぞろと連れ立って港まで来た。
まず、船に乗り慣れたトリフさんが交渉をした。
「ええ?定期便を貸してほしい?」
「ああ、ちょっとスカルまでこの子達を送りたいんだよ。船員はこっちで用意したからさ、いくらなら貸してくれるんだ?」
定期便の責任者らしき人は、あまりに突飛な話だと言わんばかりに驚いていた。
「定期便を貸すだなんて、そんなことを言われたのは初めてだ。いくらと言われてもなあ……」
「そこを何とか、頼むよ」
「そう言われてもな。定期便ってのは、きっちり日にちと時間を守ってこその定期便なんだ。スカルまでの往復日数を考えると、気軽に貸せるもんじゃないんだ」
ちょっと雲行きが怪しい。でも責任者のおじさんが言ってることは、当たり前のことなだけに、私達は何も言えない。ここはトリフさんに任せるしかない。
「お得意さんが困ってんだ。送って行ってやらないと、俺達も商売上がったりなんだよ」
「……、お得意さんと言やあ、あんたらもうちのお得意さんだからなあ。ううむ……」
どこの世界もお得意さんには弱いらしい。私とリリーは、定期便のおじさんに手を合わせ、お願いお願い!という気持ちで、無言の熱い視線を送った。
「…でかいのは無理だ。少しばかり小さいものなら、次に出すまで日にちがあるから、貸せないことも無い」
その返事に、固唾を飲んで見守っていた私達は、手を叩いて喜んだ。大きさは無くてもいい。とりあえずスカルに行けるだけの船であれば。
「まあ待て。それでいくらで貸すか、と言う話だが……」
「バリオスさんだっけ?あんたはいくら出そうと思ってるんだ?」
値段の交渉になったので、トリフさんはまた後ろで見ているだけだったバリオスさんを呼んだ。
「船の相場は分かりませんが…一応200なんていうのはいかがでしょう?」
「200か…。普通の航路なら良いんだがな。スカルの方面は流氷が多い。ぶつかって船体に傷が付いたり、下手すりゃ修理が必要なくらいになるかもしれん。それを考慮すると、200じゃ割りに合わんよ。」
流氷もあるのか。北海道とかアラスカみたいだな。もしかして、オーロラも見れちゃったりして。ペンギンとかアザラシとかも。ゴマフアザラシの赤ちゃん、見てみたいなあ。
私が関係の無いことを考えている間に、値段交渉は難航していた。
「では300」
「ううむ…どうだろうな、微妙なところだ」
「350」
「……」
「では一体いくらがいいんです!?」
バリオスさんが投げ出した。値段交渉で、相手に値段を付けさせたら、交渉にならないじゃないか。
「いやいや、こっちも嫌がらせをしてるんじゃないんだ。お得意さんのお得意さんだからな。だが船を定期便以外に使わせるなんて初めてだから、こっちもいくらでなら損害が出ないか想像しにくいんだ」
足元を見られているわけではなさそうだ。定期便のおじさんは困った顔で悩んでいた。
「1000出そう」
いきなり上がった声に、思わずバリオスさんを見たが、彼は私と目が合うと、「私じゃありません」と首を振った。
「1000あれば、船が修理不可能なくらい壊れて、最悪買い換える羽目になっても、十分釣りが来るだろう?」
船員候補おじさん達をかき分けて、誰かが姿を現した。
「トリード殿!?」
「トリードさん!」
「誰?このハ…むぐっ!」
嫌な予感がしたので、私はすばやくリリーの口を押さえた。
「何故トリード殿がここに…。まさか止めに来たのですか!?」
「いや、金を出しに来た」
お、おっとこ前ー!さらりと言ったぞ。そう言えば、トリードさんは貴族だった。金持ちぼんぼん!
「あの、お金出してくれるのは嬉しいんですけど…、どうして今日私達がここにいるって分かったんですか?」
「俺が知らせたからだ」
また唐突に声がした。だから、なんでエンダストリアの男は皆、登場もセリフもこんなに唐突なんだ。
今度はかき分ける必要もなく、船員候補のおじさん達がビクつきながら、ささっと道を開けた。アロンの杖を振って海を割ったかのようだ。あんたはモーゼか、性悪うさぎ。
「ディクシャールさんが喋ったんですね。昨日訪ねて来たのはそのためですか?」
「それもある」
"明日発つ"とだけしか言ってないのに、船で回ることまでバレバレだ。こっちは今生の別れを覚悟して出てきたのに、もう一度会うなんてちょっと間抜けだ。
「サヤ…姉さんが死んじゃうよ…?」
「ト、トニー!?何であなたまでいるのよ!?」
「話すから、とりあえず姉さんを開放してあげてくれないかな?」
ディクシャールさんの後ろからひょっこり顔を出したトニーに言われ、私はリリーを押さえた手に視線を移した。
「…あ、ごめん。鼻まで塞いでた…。わざとじゃないわよ?」
「むぶはっ!…無意識で殺されたんじゃ、たまったもんじゃないわよ…。はあ」
私を睨むリリーにごまかし笑いを浮かべ、彼女の息が落ち着いたところで、もう一度唐突に登場した面々を確認した。
ぽっちゃり大臣トリードさん、性悪うさぎディクシャールさん、そして天然天使トニー。
お金を払いに来たぽっちゃり大臣はさて置き、残りの二人は見送りに来たの?それとも止めに来たの?
何ですんなり旅立てないかな…。