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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
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世の中所詮そんなもの(2)

 結局逃げられなかった。腰を浮かせかけたところで、紅茶の乗ったトレイを持ったトニーこと、トニオン・ヴァーレイが戻ってきたからだ。

 上司の客人といっても特に身分はないから、そんなにかしこまらなくてもいいと伝えると、若くて好奇心旺盛だからだろう、すぐに心を開いてくれた。喋ってみるとけっこう気さくで素直な子だ。そして自分のことをトニーと呼んでもいいと言うから、遠慮なくそうさせてもらった。

 彼は思った通り、まだ18歳だった。私の年を聞いてきたので、何歳に見えるか尋ねたら、2,3コ年上だろうと答えた。実に良い子だ。当然訂正はしなかった。ちょっと嬉しかったからだ。この世界でもモンゴロイドは若く見えるようである。

 トニーの話によると、私のような日本人の顔立ちは珍しいが、全くないわけではなく、たまに遠い国から来た商人にいるらしい。さすがにピンクのトレーナーはないそうだが。私のことは異国の客人と思っているようだ。私自身、ここでの自分の立場がよくわかってないし、話すと長くて面倒そうだからこれも訂正はしなかった。そして気になっていたダントールさんの顔立ちについても聞いてみた。

 エンダストリア人は基本的に私の世界でいうラテン系の顔立ちらしい。ダントールさんのような人は、エンダストリア北端のスカルという一部の地方にのみ住んでいて、今私のいる南方寄りの首都、ネスルズに出てくることはほとんどない。何故なら、エンダストリアの南部は広大な砂漠が広がり、それに近いネスルズの周りは乾燥した草原で、一年のほとんどが雪に覆われているスカルの人々には暑すぎて合わないからだそうだ。実際ダントールさん以外、ネスルズで色素の薄い顔立ちをした人はいないと言う。トニーが生まれた頃には、既にダントールさんはここに住み軍に入っていたため、合わないのに一人だけネスルズにいる理由まではわからなかった。

 因みにアメリスタ公国は、首都ネスルズと北端スカル地方のちょうど間の温暖地帯にある。エンダストリアが独立を拒否するのも当然だ。認めればアメリスタがエンダストリアの国土を分断する形になってしまう。アメリスタは独立したら、どさくさに紛れてスカル地方も支配するのではないか、というのがネスルズでもっぱら囁かれている噂だ。

 トニーは異国の客人ということになっている私に親切に説明してくれた。もちろん、一般に知れ渡っていることやちまたで噂になっている程度のことだけだが。

 これ以上詳しい話は若い兵士の彼から聞けるとは思えなかったので、後は普通に世間話をしてダントールさんを待った。







 「すまない。だいぶ待たせてしまったな」

ダントールさんが戻ってきた。部屋を出た時より顔と声が疲れている。やっぱりバリオスさんは本当に死のうとしたのだろうか。

 座って話をしていたトニーがすっと立ち上がった。

「失礼します!トニオン・ヴァーレイです!第三隊、本日の訓練が終了致しましたことを報告に上がりました!」

「そうか。隊長はどうした?」

「はっ!訓練中4人程負傷者が出たため、治療術師の手配をしております!恐れながら私が代わりに参りました!」

さっきまで普通の男の子だったのに、上司の前だと途端に兵士らしくなった。治療術師という言葉が聞こえたけど、魔術で怪我も治せるのか。さすがファンタジー。

「重傷なのか?」

「いえ、捻挫と、防御壁の発動が遅れた事による軽い火傷です!」

「わかった。…それから…今まで彼女と一緒にいたのか?」

ダントールさんは意外そうに私とトニーを見比べた。

「はっ!司令官のお客様とのことで、お茶をお出しいたしました!」

「トニーにエンダストリアのことを聞いていたんです。それから世間話を少し」

ダントールさんはそこで初めて気付いたかのように言った。

「そうか、私は茶も出さずに君をほったらかしてしまったのだな。すまない」

「いえ、お気遣いなく…。」

お茶というより私を一人残しておいた方が問題なんですが、とまでは言わなかった。

 「それで、バリオスさんは大丈夫だったんですか?」

「ああ、何とか説得した。君の言った通りだった…ありがとう」

「はあ…。どういたしまして」

未然に防げて良かった。精神衛生上ね。それと文献を調べて召喚術を実際に行ったのはバリオスさんだ。他の術師達も力を貸していたようだけど、一番召喚について知っているであろう人に簡単に死なれちゃ困る。まだ帰還方法がないと決まったわけじゃない。わからないだけだ。バリオスさんには何としても生きて帰還方法を見つけてもらわなきゃならない。存続の危機にある国が、たかが一人の女のために筆頭術師を使わせてくれる望みは少ないけど、何とか交渉に持ち込みたいところだ。

 何も知らないトニーは私達のやり取りを聞いても、立場をわきまえて聞かないフリをしていた。

 ダントールさんはトニーを下がらせると、国王への報告について話し始めた。

 さあ、ここからが正念場。いかに同情を引いて味方を増やすか。

 女優になってやろうじゃないの。

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