いない人を信じるのは辛いもの(4)
トリフさんの店でゴムの水袋を買った翌日、バリオスさんは対スタンガン防具の試作品を作り、私の部屋に来た。
「どうですか、サヤさん!雷神も恐れ慄く、名づけてエレクトリックガーーーードッ!」
「…何このテンション。私はコントをやるキャラじゃないってば……」
部屋の中で作品名を高らかに叫ぶバリオスさんにうんざりして、私は耳を塞いだ。
「サヤさんまで慄いてどうするんですか」
「慄いてません。うるさかっただけです。それで、そのでかいのが試作品なんですね」
「はい。名前も昨日サヤさんに教えていただいた、デンキと盾の別名を使いました」
ただ単語をくっつけただけじゃないか。昨日別れ際に、試作品ができたら名前を付けたいから、電気や防具を連想する良い言葉はないかと聞かれ、とりあえず英単語をいくつか教えたのだ。それを組み合わせただけの、安いネーミングである。
「エレキサンダープロテクトと迷ったのですが、どちらが良いと思われますか?」
「お好きな方でどうぞ……」
「では他の皆さんにも聞いて多数決を取ります。それよりも、もっときちんと見てください」
私は渋々エレクトリックガード(仮)を受け取った。…お、重っ!私の上半身ほどある盾形のそれは、表側に昨日買ったゴムの水袋を綺麗に隙間なく切り貼りしてあった。が、その袋を貼り付けた盾自体に問題があった。
「これ、金属に貼り付けてますけど、まさか鎧と同じ…」
「はい。私の開発した魔術で精製した、純度の高い鉄です。頑丈でしょう?」
しまった…電気が通りやすい物の定番は金属だった。通しにくいものもあるらしいけど、鉄はその中に入ってなかったような…。よく覚えてないけれど。ああ、理科の教科書が欲しい。
「結論から言うと、使えません」
「な、何故ですか!?」
「忘れてて申し訳ないんですけど、金属の盾はヤバイです。バリバリ電気を吸い寄せちゃいます。ゴムは電気を跳ね返すわけじゃありません。通しにくいだけ。こんな薄いゴム袋が、後ろの分厚い金属に敵うと思いますか?仮に電気を通さなかったとしても、衝撃で吹っ飛ぶんじゃないですかね。あくまでも予想ですけど。ここにスタンガンがない以上、実験なんてできませんし、本番でいきなり使うには無謀過ぎます」
説明を追うごとに、バリオスさんはだんだんと悲しそうな顔になっていったが、心を鬼にして言うしかない。筆頭術師の作った物となれば戦地で使用される確率が高い。命に関わる問題だ。
「そうですか…。やはり工作では駄目ですよね、開発しなければ。100%ゴムの物を作ってみます。サイズは小さくなるでしょうが……」
「その方が良いと思います。トリフさんの店以外にも、トーヤン人の店ならゴム袋くらい売ってると思いますよ」
しょんぼり帰って行くバリオスさんを見て、もうちょっと一生懸命思い出してあげたら良かったかも、と思った。
コンコンコン…。
次の日、バリオスさんに買ってもらったトゥーロの化粧水の使い心地が気に入ってにやけていると、本人が訪ねてきた。
「サヤさん…私は心が挫けそうです……」
そう言って彼が出したのは、昨日のエレクトリックガード(仮)とは月とスッポン。グニャグニャのゴムの塊だった。辛うじて盾にしたかったんだなあと思える形を留めているが、持つとクタンと折れ曲がった。盾が立てなかったら使えんだろう。…シャレではないぞ。
「溶かして型を取ろうと思ったんです。でもちょっと熱を加えただけであっという間にこんなになってしまって…。固まり具合も変なんです」
天然ゴムは合成ゴムと違って劣化が早いからなあ。輪ゴムなんかすぐにくっついちゃうし。無理矢理溶かしただけはまずかったのかもしれない。
「バリオスさん、何故こうなったのか詳しくは分かりませんけど、熱を加えたことで劣化したんじゃないですかね。ほら、鉄を精製したことがあるなら分かるでしょ?良い鉄でも、何度も溶かしたら質の悪い鉄になっちゃうって。天然ゴムは樹脂だから、熱で成分が変わったのか、空気中や型についた雑菌で傷んだのか、そんな感じじゃないですか」
「…ではどうしたらいいのでしょう?ゴムの成分なんて一から調べる時間はありませんし…うううっ!」
ああそうだ、バリオスさんは挫折に弱いんだった。自殺するまではいかなくても、やっぱり人一倍失敗にはナイーブのようだ。
「そ、そんなに落ち込まないで?失敗は成功のもとです。熱が駄目ってこれで分かったなら、次は他に発想を転換させればいいんですよ。今は思いつかないけど、硬くて電気を通しにくい物にくっつけるとか…」
「それでまた失敗したら?」
まだ浮かび上がってこないか。何で私がこんなオッサンをなだめにゃならんのだ…。だがこんなんでもフォンスさんが信用している人だから仕方ない。
「失敗はいけないことじゃありませんって。私の世界に、電気製品の発明王と言われる、トーマス・エジソンって人がいたんです。彼は電球という電気の明かりを発明したんですけど、人から"成功するまでに一万回失敗したそうですね?"って言われて何と返したと思います?」
「そんな嫌味を言われたら立ち直れません」
それはバリオスさんのことだろうが…。ああ、うずくまっちゃった。
「彼はね、"失敗ではない。一万回の上手くいかない方法を発見しただけだ"って言ったんですよ!すごい自信と開き直りです。でもそれくらいタフじゃないと、新しいことは何も生み出せません。しっかりしてくださいよ、男でしょ?筆頭術師でしょ?周りから何か言われても、"お前の代わりに失敗する方法を見つけてやったんだ"くらい言い返しなさいって!」
そう言ってバリオスさんの背中をバシンッと叩いた。彼は「うっ…」と呻いた後、すっと立ち上がり、鼻の穴を膨らませた。
「そうでした。私は誇り高き筆頭術師。周りの批評を恐れるような弱い立場ではありませんでした。サヤさん、ありがとうございます。実験できないのは痛いですが、考えるのが本職。何か一つでも作り上げてみせます」
「そう…、それは良かったです……」
いきなり表情をキリッとさせた彼に、私はもうついて行けない、と思った。
「とりあえず、このゴムは劣化しやすいんですね?では買った時の状態のまま、ゴムの時を極端に遅くしてみます」
「え?そんなことできるんですか?」
教本には時間を操る魔術なんて書いてなかったけれど、どういう理屈なんだろう。
「治療魔術の応用です。呪文に"他の時を止め、此の時を進め"とあります。単純に言葉通り、指定したものの時間を早めただけです。自然治癒力云々は、悪用されないために書いただけのこと」
「え、書いただけって、もしや初心者用の教本を書いたのは…」
「勿論私です。他にも色んな教本や研究本を書いております」
この辺はさすが筆頭術師と言ったところか。でも、時間を早めるってことは…まさか!
「ねえ、怪我したところにかけたら、そこだけ時間を早めるんですよね?」
「ええ、かけたところだけ、治るのに本来かかる時間が経過します。つまり、身体の一部分だけ老けます」
や、やっぱり!私は思わず頬を触ってたるみができてないか確認した。お腹もたるんでたらどうしよう!
「大丈夫ですよ、サヤさんは腫れの引くほんの何日間かだけのことですから。急激に変わりはしませぬ」
そういう問題じゃない。気持ちの問題だ。男の人には分からないだろうけど。
「はあ…、ま、今更言っても仕方ないですね。それで、悪用されるっていうのは?」
「早めるだけではなく、極端に遅くすることもできるからです。例えば、心臓だけ指定して時を遅くしたらどうなると思いますか?」
心臓はポンプ。時が通常通り流れている他の部分に血液と酸素が行かなくなって…
「死…ぬ?」
「ご名答」
何がご名答だ、恐ろしい。初心者用の教本は兵士全員に配られているようだから、正確なことだけをポンポン書いてると、悪用する奴が出てきてもおかしくない。術師ではない私が借りれるくらいだ。変な奴らに漏れる事だって十分有り得る。だからバリオスさんはあえて初心者用には"自然治癒力を高める"と書いたのか。
その時ふと、一昨日買ってもらった化粧水の瓶が目に入った。
「バリオスさん、その時間を遅くする術、瓶に予めかけておいて、後から中に詰めた物が腐らないようにとかってできます?」
「瓶の中の空間まで指定してかければ可能です。ただ、完全に時間を止めるわけではありませんし、ある一定の期間が経てば効き目はなくなり、時間の経過が戻りますが」
保存方法見つけた!めちゃくちゃ便利なのに、悪用を懸念して世に出回らないとは何ともったいない。要は、指定した物の時間を何でも操れますよ、と言うことさえ広まらなければ良い話だ。
「じゃあ、試しにこの瓶にかけてください」
「ああ、傷むと言っていましたね。いいですよ」
私はオレンジにぼうっと光る瓶を眺めて、ウキウキしたのだった。