いない人を信じるのは辛いもの(2)
「…話を戻すぞ。キートの持っていたスタンガンは、壊れたんだな?」
ディクシャールさんは治療術師が出て行った後、決まり悪そうに切り出した。
「ええ、本人が確認してました。電気製品は、水で濡れた状態で電源をつけたら、その瞬間に壊れるんです。水は電気を通すんで、もし壊れてなかったら、濡れたスタンガンから手に電気が流れて、今頃あいつは死んでますよ」
以前携帯をトイレに落とした時、一緒にいた友達が言っていた。水に落としたら、絶対電源をつけちゃ駄目だって。カバーを空けて完全に中が乾いてからつけると、まれに直ることもあるらしく、その前に電気を流すと、そんなわずかな望みをかける間もなく一瞬でお陀仏だそうだ。まあ、その通りにしてしばらくは復活したけれど、素人判断で完全に直ったわけじゃないから、結局買い換える羽目になったが。
「そうか。水はデンキの弱点であり、同時に被害を広めるものでもあると……」
「うーん…その発想が正しいのかはよく分かりませんけど。とりあえずスタンガンは水につけると壊れるけど、油断して濡れたそれに触れない方がいいってことです」
「何とも厄介なものだな、デンキというのは。お前の世界にはそんなものが溢れているのか?」
「ここでの使われ方が厄介なだけで、正しく使えば便利ですよ。そのために分厚い取り扱い説明書と注意書きが付いてきますから」
ディクシャールさんは「分厚い説明書を読まなきゃ危険ってことだろ…」とうんざりした顔で言った。便利なら説明書くらい読もうとは思わないのだろうか。価値観の違いというやつか。
「まあまあ、電気批判はそれくらいにして。ルイージは異界のことを知っていました。多分アメリスタの技術は、200年前に召喚された人のものを応用していると思います。そして電気のことが広まると困ると」
「そうだろうな。深い知識はないとは言え、お前の知っていることでこちらに対策を取らせたくないのだろう。壊れているのに、きっちりスタンガンは回収していきやがったことだしな」
やっぱり持ち帰ったのか。間抜けついでに置いて行ってくれてたら…と思っていたのだが。そんなに甘くはなかった。
「とりあえず、今回のことをコートル司令官長に報告して来る。まだ日は高いが、お前はもう休め。治療魔術は回復のために体力を使うからな」
ディクシャールさんはそう言って、フッと笑った。
「…そういうところをさっきツンデレって言ったんですよ」
思わぬタイミングで性悪うさぎの優しげな初微笑みを見て、私は話を蒸し返した。
「あのなあ…」
「むぐっ」
今度は怒る気配もなく、ディクシャールさんは私の鼻をつまんだ。
「惚れてはいないが、これでも見直しはしたんだ。ギャンギャン怒る割りに、冷静に考えることもできるみたいだし、勝手に召喚した俺達に協力もしてくれている。はっきり言って、第3隊襲撃の件はお前なしじゃ解決しなかった。危険に晒されたお前にとっちゃあ迷惑かもしれんが、今は役立たずなんて思っちゃいない。救世主でもない。協力者…いや、仲間、かな」
「…わだじは、ひづようどざれでるっでずか?」
ヤバイ。性悪うさぎのセリフに瞼が熱くなる日が来ようとは…。
「ハハッ。何を言ってるか分からんぞ」
彼は私の鼻をぐいっと持ち上げると、指を離した。
「行くぞ、ヴァーレイ」
「はい」
「ねえ!」
トニーを伴って出て行くその大きな背中を呼び止めた。
「私は…ここで必要とされてると、思っていいんですか?」
ディクシャールさんは、ニカッと性悪そうな笑みを浮かべて振り返り、親指を立てた。
そうか、私はここで…
翌日の朝、リリーが見舞いに訪れた。とりあえずの日用品と、着替えを持ってきてくれたのだ。フォンスさんの家に勝手に入るのは気が引けたようで、自分のものを貸してくれると言う。
着てみると、上の服が若干緩い。胸の辺りがスカスカだ。いやいや、貫筒衣なんてフリーサイズみたいなもんだろう。きっと身長が違うせいだ。リリーの方が高いもの。断じて私の胸の問題ではない。
「ああ、昨日のことだけど」
私の葛藤には気づかないリリーは話を始めた。
「どうやらトニーは、サヤのこと好きかもしれない」
「へ?」
一瞬聞き間違いかと思った。リリーは少し困った顔をしている。
「へ、じゃないわよ。恋愛に関しての好き、よ?」
「分かってるわ、そんなこと。でもどこからそんな話が出てきたのよ」
「昨日のあの子の態度よ。サヤ、戸惑ってたでしょ?実はその前にあなたが気を失っている時、不細工になったあなたを見た瞬間の取り乱しようが気になって…。これは勘よ?本人に聞いたわけじゃないわ。今まで何か気づいたことなかった?」
今日も不細工を入れてくるか、こいつ。いやそれどころじゃなかった。トニーの話だ。
「うーん、これまでにちょっと気になる態度の時はあったけど…エンダストリアでは普通なのかなって思ってた」
「気になるってどんな?」
「おでこにチューとか。ふざけてだけど」
「親子じゃあるまいし、普通ないわよ」
「スキンシップも多いかなあ。何回か抱きしめられた」
「……」
そこまで聞いてリリーは無言で目を細めた。そしてため息をつくと、うんうんと2回頷いた。
「分かったわ。まああなたの気持ちは知ってるし、恋敵とは言え友達だから、弟を押し付けようなんて思ってないけど、今までけっこうアピールされてるわよ?」
「ええ?何で私なの?惚れられるようなことしてないのに。年上に憧れる年頃なのかな」
「私に聞かれても分かんないわよ」
謎だ。トニーには素を見せている。素の私に惚れる要素なんてどこにある?自分で言うのもなんだが、かなりキツイ性格だぞ。さっきは思いっきりディクシャールさんとの喧嘩見せちゃったし。はっきりフォンスさんが好きと言ったことはないけど、かなり信頼している態度も見せている。それでも好きというなら、茨の道を突き進むようなものだ。ん?突き進む…やっぱり姉弟か…。
「それで、どうしろと?」
「これでトニーのこと気になって、気持ちが移ってくれたらラッキーかなって」
「…さっき弟を押し付けようとは思ってないって言ったばっかよね?」
「だから、無理矢理くっつけようとは思ってないってことよ。あくまでも可能性の問題。あの子がサヤに好意を持ってることは確実だけど、どこまで惚れてるのかは分からないしね。あなたの方からどうこうしろなんて言わないわ」
勝手なことを言ってくれる。まあリリーの気持ちは分からんでもない。私も彼女の立場なら同じことを考えるだろうから。
トニー、私に惚れると火傷するぜっ!