同情は重いもの(5)
ルイージによる裏切り事件以来、私は付き添いがいない限り、滅多に家の庭から外へは出れていない。その間にフォンスさんは何度か出兵で家を空けることがあった。第3隊のことしか聞いてなかったので、毎回トニーも一緒に行っているのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。フォンスさんは他にも隊を受け持っていて、特殊任務以外にもちょくちょく出るという。
エンダストリア軍は8隊に分かれているらしい。それぞれの隊に隊長と副隊長、上級兵士、下級兵士がいて、その上に2隊ずつ受け持つ4人の司令官がいる。更にその上が司令官長、今の代はコートルさんだ。フォンスさんは第3隊と第4隊の司令官ということになる。
司令官は、出兵ごとに毎回出なくてはいけないものではない。でもフォンスさんはほぼ毎回付いていくそうだ。たまにそのことで「部下である隊長を信頼していないのか」という批判を受けるが、本人は別に疑うつもりはなくて、もし何かあった時にすぐ対処してやれるようにという、心配性のから来る行動なのだそうだ。フォンスさんから家を空ける時、様子を見に行ってやってほしいと頼まれた性悪うさぎに、同じ司令官なのにフォンスさんばかり出兵してるような気がする、と厭味を言ってやったらそう教えてくれた。
「ああ、何となく分かります。フォンスさんって真面目過ぎる時ありますから」
「あいつの生真面目さは昔からだ。軍に入隊する前の実技試験で、使った練習用の剣を俺がその辺に置いてたら、"次に使う人が探すから戻せ"って言ってきてよ、見たら俺より小さくて女みたいな顔した奴だったから、カチンときたな」
「フォンスさんとの出会いですか?」
昔のフォンスさんって、女の子みたいだったんだ。ぽっちゃり大臣が天使のようだったって言うわけだ。
「そうだ。お互いに15の時さ。喧嘩売られてると思った俺がフォンスの胸倉掴んだらあいつ、"ここで問題を起こしたら試験に落ちるぞ。お前は良いかもしれないが俺には後がない。のたれ死ぬ時はお前の家の前で死んでやろうか?"って顔色一つ変えずに言いやがったんだ。思わず手を離したな」
「確かにそんなこと言われたら怖いわね…」
「それだけあの時あいつは必死だったってことだ。顔に似合わず骨のある奴だと思ったが、同時に本気で怒らせたらいけない奴だとも思った」
「それは私も思います」
初めて性悪うさぎと意見が一致した。
「でも、それからは気が合うんでしょ?フォンスさんが言ってましたよ」
「そうだな。あいつから学ぶことは多かった。スカルにいた頃はしょっちゅう獣を狩りに行ってたらしい。野生の獣相手に戦うことに慣れてるからか知らんが、動体視力が並じゃねえし、フェイントも効きゃあしねえ。隊に振り分けられるまでは何度か練習相手になってもらってたが、たまに化け物かとさえ思うことがあった」
「へえ、さすがフォンスさんね。カッコイイ!」
ディクシャールさんが、"あの時はやばかった…"とでも言わんばかりの遠い目をして語る過去のフォンスさんに、私ははしゃぎながら胸をときめかせた。
話が一区切りしたところで、ディクシャールさんは私の入れたお茶を一啜りした。
「ん?何だこれ。変わった茶だな」
「最近の私のお気に入りです」
せっかく香辛料が豊富な国にいるのだからと、私は色んなものに香辛料を入れて研究していたのだ。外に出れなくて暇だし。今日ディクシャールさんに出したのは、温めた牛乳もどきに数種類のスパイスと紅茶の葉を入れて煮出した、インドのチャイである。元の世界にいた頃は、作り方は知っていても、ミルクティに香辛料が入ってるなんて…と、イメージだけで遠慮していたのだが、暇になって魔が差したのだろうか、作って飲んでみたら口に合った。砂糖をたっぷり入れて甘めで飲むのが好きなのだ。
「…お前、本当にフォンスの胃袋掴みにかかってるんだな」
「もう掴みました。私が来てから食事が楽しいんですって」
「そ、そうか」
私がそこまで本気でフォンスさんにアプローチしているとは思ってなかったようで、ディクシャールさんの顔が若干引きつった。
「何ですか、その顔は。私の気持ちは知ってるんでしょう?」
「そうだが…お前、帰る方法探すんじゃなかったのか?」
「玉砕してから探します。あ、そうだ。どうやらフォンスさんの攻略は、胃袋だけじゃ駄目みたいなんです。ルイージ事件から帰った時は毎日一緒に寝てくれてるのに、一切変な気起こす気配がないんですよ。何かいい案ありませんか?」
こんな性悪うさぎでも、フォンスさんとは長い付き合いの親友だ。下手に一人で考えて失敗するより、周りに色々聞いた方が良いかもしれない。
「変な気起こして欲しいのか?」
「この際既成事実でも構いません。恋敵だっているんですから」
「変な気起こさせる案って言ったらお前……」
ディクシャールさんの目線が、私の胸に行ったのが分かった。そうか、そうか。そう来るか。
私は無言で立ち上がり、リビングの隅に置いてあった巨大うさぎに、ローキックを食らわせた。
「な、何やってんだ?」
「ディクシャールさんが失礼なこと考えるからですよ」
「失礼って…、まだ若いんだから成長するだろう?」
「ムカツク……」
次は顔面パンチだ。胸の成長は10年前に止まったんだよ!悔しくて涙がちょちょ切れるぜ…。
「わかった、落ち着け。一応聞くが、さっきから痛めつけているそのでかいうさぎは何なんだ?」
「トリードさんが、ディクシャールさんをイメージして買ってくれたぬいぐるみです」
「トリード殿が…。それで俺の代わりに殴ってるのか」
「だってディクシャールさん硬そうなんだもん。本物殴ったら、逆に私が痛いじゃないですか」
言いながら私はボスッボスッとぬいぐるみを殴り続けていた。
ディクシャールさんは観念したようにため息をついて、私の手を掴んだ。
「悪かったよ、胸の話は謝る。殴るのは止めとけ。そんなところフォンスに見られたら、呆れられるぞ?今度あいつに好きなもんとか聞き出しといてやっから……」
そこまで言わせてやっと私は腕の力を抜いた。
「じゃあ、許す」
一転笑顔で振り向いた私を見て、ディクシャールさんはテーブルに戻り、頭を掻き毟りながらチャイを啜った。