同情は重いもの(4)
トリードさんからディクシャールうさぎを貰ったその日の内に、ルイージを指名手配するポスターが、ネスルズのいたる所に貼られた。ルイージがエンダストリアを出てアメリスタに逃げたという情報はない。まだ国内に潜んでいるという可能性があり、一度目を付けられた私が一人で出歩くのは危険なので、今までみたいに気軽に買い出しへ行くことを禁止されてしまった。そのかわり、フォンスさんがトリフさんに、家まで出張してくれるよう頼んだのだった。
「わざわざありがとう、トリフさん」
「お得意さんの頼みだ。お安い御用だよ」
大きな荷車を一人で引いて、トリフさんは来てくれた。
「これがトーフとナットーの素?」
リリーもいる。今日は間に合ったのだ。フォンスさんが出かけた後、トリフさんが来るという話をすると興味を持ち、今まで帰らずに待っていた。
「そうよ。一晩水で戻してから使うの」
「じゃあ、これと変な液体があれば、私でもトーフを作れるの?」
「コツを掴めばできるんじゃない?…作りたいの?」
そう言うとリリーは子供みたいに首を縦にブンブン振った。
「店で使いたいのよ。ナットーはちょっとアレだけど…、トーフは皆気に入ったし、お客さんにもきっとウケるわ」
「じゃ、作り方書いて渡すわ」
故郷の味が受け入れられるのは結構なことだ。別にエンダストリアに広めようとは思ってなかったけど、何となく嬉しい。
納豆は多分好き嫌いが分かれるから、店には出しにくいだろう。私も半分からかうつもりでトニーとリリーに食べさせたくらいだし。
「ああ、そうだ。こないだサヤに教えてもらったトゥーロ、近くの店のオヤジ達にも好評だったぜ?」
私がリリーにレシピを書いてあげていると、トリフさんが思い出したように言った。そういえば玄関脇に植えるトゥーロを取りに行った時、彼に勧めたんだっけ。
「そう?良かったわね」
「ねえ、トゥーロって郊外に生えてるやつ?何が良いの?」
私の書いているレシピを覗き込んでいたリリーが顔を上げた。
「顔が乾燥するから塗ってたのよ。油だけじゃ物足りないし、日焼け跡に塗ったら気持ち良いし。私の故郷にトゥーロと似たアロエっていう物があって、効き目も似てるみたい」
「本当?」
「本当さ。俺も他の店の奴も試した」
「フォンスさんでも試したわ」
そこまで言うと、リリーは「あの方で試すなんて…」と一瞬戸惑ったが、すぐに自分もやってみたくなったらしい。玄関に植えたから使っていいと言ったら、早速採りに行った。
リリーがトゥーロの皮をむいて試している間に、トリフさんは「物は相談なんだが…」と改まって言った。
「トゥーロの汁だけ瓶に詰めて、美容品として売り出せるんじゃないかって考えてるんだ」
「うーん、液体にしたらすぐに腐らない?」
「どれだけ保つかはやってみなきゃ分からないが、すぐ腐るなら数日分だけ小さい瓶で売りゃあいい。今日みたいに俺が売って歩けば、気軽に何回でも買えるだろ」
さすが商売人だ。お客が買いやすい方法まで考えているんだな。
「いいじゃない。トリフさん器用だもん。すぐに商品にできそうね」
「それでさ、あんたの智恵を使って作るわけだろ?分け前どれくらいがいいか相談したいんだ」
「分け前?」
著作権とか共同開発とか、そういうこと?特許取ったわけじゃあるまいし、単なるおばあちゃんの智恵袋みたいなものだ。分け前なんて聞かれるとちょっと可笑しい。
「いらないわよ、そんなの。私は故郷で知られていることをこっちで試しただけだし、商品にできるって考えついたのはトリフさんでしょ?」
「いやあ、でも一応商人としちゃあ、その辺りは気を使うわけよ。智恵をくれたのはあんただし。」
「知的財産権とか言い出さないでよ?厳し過ぎて笑っちゃうわ」
トリフさんの故郷のトーヤンではそういうことに厳しいのだろうか。日本もけっこう厳しいけれど、昔からの智恵にまでそんなこと言ってたら、何も開発できない。
「作ったら持ってきて?買うわよ。フフフッ…」
私が可笑しそうに笑うから、トリフさんも分け前の話は引っ込めた。
トリフさんはトゥーロの効果を試しているリリーに、「使い心地が良かったら近所に広めておいてくれ」、と言い残して帰って行った。
今夜も緑のオーバーオールを着たルイージが出てきた。
「今晩一回目のご登場です……。」
跳び起きてベッドの上で頭を抱えた。
今朝フォンスさんは、怖くなったら呼べ、と言っていた。私をちゃんと妻として扱ってくれるみたいだけど、いわゆる本物の夫婦関係じゃない。実際は居候に等しい存在である私が、どこまで彼に甘えていいものやら……
「サヤ、話し声が聞こえるが、独り言か?」
うだうだ唸っていると、フォンスさんの方から来てくれた。すっ飛んで行ってドアを開けると、「また眠れないのか?」と聞かれた。
「昨日は甘えちゃいましたけど、いつになったら平気になるのか分からないし…フォンスさん、仕事で疲れてるのに毎日呼び出すのも気の毒かなって……」
「そうか、ちょっと待っていなさい」
私が顔色を窺いながら迷っていると、フォンスさんは自分の寝室に一端戻った。
ガタゴトと何かを動かす音がして、何だろうと首を傾げていると、何とベッドが出てきた。
「あ、あの、何してるんですか?」
私がびっくりして聞いてもフォンスさんは黙ったままで、ベッドを立てたり斜めにしたりしながら、器用に私の部屋へ自分のベッドを入れた。そして私のベッドの横にピッタリくっつけると、ようやく振り向いた。
「遠慮するから遠慮できないようにしたまでだ」
「ええっ?」
これって一緒の部屋で寝るってことなのか?いやいや、いいのか?私は大歓迎だが……
「君は怖がるヴァーレイにこうしたのだろう?今度は怖がる君に私が同じことをして、何か問題があるか?」
フォンスさんは言葉通り以外に他意はない様子で、戸惑う私に聞いた。
ここに来てフォンスさんが天然発言ですか?いや、違うか。私が勝手に意識し過ぎていやらしい妄想を抱いているだけか。フォンスさんにとっては、部下のトニーに対するのと同じ気持ちで私を気遣ってくれているだけなのかもしれない。もしかして、もしかして…私って隣で寝ても、変な気起こすような対象には見られてない…?
「いえ、問題ありません……」
一緒に寝ることに問題はなくても、私の気持ち的には大問題だけどね。
シングルベッドを重ねた分、二人の距離は空いていたけれど、トニーの時は手を繋いだ、と言ったら、フォンスさんも繋いでくれた。そうしたら、私の妄想と現実との差でショックを受けたことなんて、もうどうでも良くなった。あわよくば、抱き着くくらいしてやろうかな。
次に見た夢は、緑のオーバーオールを着たルイージが、スタンガンじゃなく、赤い水玉のキノコを持って出て来た。夢の中で指をさして笑ってやった。




