同情は重いもの(2)
第3隊から敵が出たと言うことで、今後の対策を練るからと、私とトニーは部屋を出された。フォンスさんに家まで送るから治療室でトニーと待っているよう言われたため、二人で廊下を歩いた。
沈黙が痛い。トニーはさっきのやり取りを聞いていたから、私が単なる外国人じゃなくて、生まれた世界そのものが違う人間なのだと言うことがバレたはずだ。チラリと横を歩くトニーを見上げると、それに気づいた彼も私を見た。一端口を開いて何かを言いかけては閉じ、開いては閉じを数回繰り返したトニーは、最終的に「部屋に戻ったらちょっと聞いていいかな?」と寂しそうな微笑を浮かべて尋ねた。
「異界の話にはびっくりしたよ」
部屋に入って開口一番、トニーは呟いた。
「さっき、元の世界に帰るとかなんとか話してたけど、サヤは異界から来たってこと?」
「うん…。文献の異界人と同じように、突然召喚されたの」
「書庫での調べ物って、帰る方法を探してたんだね。召喚は、君の意思とは関係なく?」
「いつも通り寝て、目が覚めたらこの世界にいただけよ。意思もだけど、専門分野も関係ないわ。ただの一般人だから…。戦争に役立つ人間を期待してたみたいだけど、私は全くの期待はずれだったみたい。責任を感じたフォンスさんが、帰還方法を探す間の生活を保障してくれたの」
正直に話せば話すほど、トニーの顔が哀れむような表情に変わっていく。この世界にきた当初はそれを目的として無力な女の子を演じたが、今更になって彼にそんな目で見られるのが、何故か無性に嫌だった。私がフォンスさんの過去を聞いて同情するような顔をした時、同じように感じたのだろうか。もう自分の中では気持ちの整理は付いているのに、後から哀れまないでと。
「そんな顔するなら、もうこの話はお終い!」
私はわざと明るく言った。
「召喚されたのって、初めて会った、あの変わった服着てた時だろ?まだそんなに経ってないのに、何でそんな平気そうにできるんだよ?」
勝手に話を切り上げられたのが不満だったのか、トニーは食い下がった。
「平気なわけないじゃない。でも期待はずれなのに、あの時下手に喚いて不快感を与えてたら、私は路頭に迷うか最悪消されるかのどっちかだったのよ。このピアスがなきゃ、言葉さえ分かんないんだから」
「そんなのって……」
ああ、ついイラッとして本音を言ったら、またトニーの顔が歪んでしまった。いつもの優しい笑顔に戻ってほしい。これから先ずっと哀れみの篭った目で見られるのは絶対に嫌だ。
「そんなのって、悔しくないのか!?僕が死にかけた時は犯人がうやむやにされること、あんなに悔しいって言ってたじゃないか!僕はサヤがそんな扱いをされてたなんて、悔しいよ!」
「じゃあトニーが帰る方法を探してくれるの?できないでしょ?国王様に直接掛け合っても駄目だったのよ!世の中にはねえ、どんなに願って努力しても、どうにもならないことがあるの!」
これじゃ八つ当たりだ。トニーは純粋に私の境遇に腹を立ててくれてるだけなのに、10歳以上も年下の男の子に当り散らして、何をやってるんだろう。でも今まで飲み込んできた激しい感情は、一端流れ出すと止まらない。
「私はトニーに哀れんで欲しいわけじゃない。気の置けない友達ができて嬉しかったの。でもそのせいで敵に目を付けられちゃった…。もう、私に関わらない方が良いと思う」
イライラしてたのに、言いながらだんだん悲しくなってきた。犯人が逃げた以上、私といるとトニーはまた狙われるかもしれない。そのことに気づいたのだ。
「そんなこと言うなよ!…そんなこと、言うなよ……」
トニーはうなだれるように俯いた。
「ごめん、トニー。あなたに当たっても仕方ないのにね…。この話を続けるなら、ピアス外すわ」
私はまだ一度も外したことのない翻訳ピアスを外した。これ以上トニーに同情されると、自分がどんどん惨めに思えてくるからだ。ピアスは感覚もなくするりと抜けた。
「****!******?」
途端にトニーの言葉が分からなくなる。不思議なものだ。急に言葉が通じないだけで、親しいはずのトニーが遠い人に感じられる。この空間も知らない場所のように思えてくる。
「今何か言っても分かんないわよ」
通じないと分かってても、日本語で返した。
「***…、********」
トニーは悲しそうな顔で何か言いながらこっちに寄ってきた。
「もう、分かんないって言ってるの…にっ…」
突然目の前が暗くなった。身体が温かいものに包まれていて、トニーに抱きしめられていると理解するまでに数秒かかった。
「***…***…、***!」
私を痛いくらいに抱きしめたトニーは、何か分からないけれど、短くて同じ単語を繰り返し囁いた。
「トニー?」
名前は翻訳しなくても聞こえるのだろう、トニーは私に呼ばれてそっと腕を離した。思いつめたその目に見つめられて、私は自分のことで頭がいっぱいだったと気づく。無理矢理話を拒否したことで、彼を傷付けてしまったのだろう。
お互いに俯いて沈黙していると、フォンスさんが迎えに来た。
「********?」
「**、*********。*****。」
私達の微妙な雰囲気を察したのか、フォンスさんはトニーに何か聞いて、トニーが何かを答えた。それを数回繰り返した後、フォンスさんは私に近寄り、手に握ったままだったピアスを取上げて、有無を言わさず元通りに差し込んだ。途端に遠い存在に見えていた世界が現実的になった。
フォンスさんは何も言わずに優しく私をドアへと促した。出際にトニーが「サヤ、ごめん」と小さく謝ったのが聞こえた。私は振り返って、「何でトニーが謝るの?」と笑って言った。トニーも少しだけ笑って手を振った。
トニーがサヤを抱きしめながら何を言ったのか、本編中に出てくることはありません。サヤの一人称なので、サヤの知らないことは書かない、ということですね。皆さんのご想像にお任せします。