表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
5/174

世の中所詮そんなもの(1)

 私は今、待っている。

 ただひたすら待っている。








 一通り向こうの事情とこちらの言い分を話し合ったが当然噛み合わず、それでも失敗だろうが何だろうが一応は国王に報告しなくちゃいけないらしい。

 ダントールさんは迎えに来るまでここで待つよう私に言うと、最初に部屋を出て行った。その間私が勝手な行動を取らないか、見張るためにバリオスさん達が残ったのかと思っていたが、疲労とショックで精根尽き果てたかのように、俯いたままこちらなんて全く見ちゃいない。

 しばらくおとなしく待っていると、バリオスさんがヨロヨロと扉の方へ向かい、「もうおしまいだ…もうお終いだ…」とうつろな目で独り言を呟きながらどこかへ行ってしまった。

 相当ヤバイ目だった。あの目は以前見たことがある。でも術者その2~5はバリオスさんが部屋を出て行ったことすら気づかないようで、誰も顔を上げない。当てにはできないだろう。

 どうしようかと思っていると、ダントールさんが戻ってきた。

「サヤ、陛下に報…」

「バリオスさんが死ぬかもしれない!」

私はダントールさんが何か言おうとするのを遮って言った。さすがに術師その2~5もこちらを見た。

「何を言って…?それにバリオス殿はどこに…」

「さっきヤバイ目をして出て行きましたよフラフラっと!あの目はダメ」

「目?」

 さっきバリオスさんの目の奥に虚無が見えた。去年自殺未遂をはかった友達を、私はその前日に偶然訪ねていながら止められなかった。あの日の彼女もバリオスさんと同じ目をしていたのだ。結局命に別状はなかったが、何も気づいてあげられなかった自分が心底情けなかった。はっきり言って私がここにいる諸悪の根源はバリオスさんだから、友達の件がなければ彼が死を選ぼうとも放っておいたかもしれない。でも自分があんな目をしている人を見た直後にその人が死ぬなんて経験は、もう二度とごめんだ。善意じゃない。精神衛生上の自己防衛のためだ。

「死にたいと思ってる人の目をしていたんです!私ああいう目を見たことがあるんです!全くの勘だけど…でも追いかけた方がいい!左に行ったから…私達が来た方角だわ!多分地下!」

私の必死な説得が通じたのか、ダントールさんは険しい顔で一つ頷くと、身をひるがえして駆け出して行った。今までほうけていた術師達も、上司の一大事に続々とその後を追って出て行った。

 そして、冒頭に至る。

 それにしても私が逃げるとかいう考えは彼らにはないのだろうか。バリオスさんがああなったのは、国家の存亡を賭けた一世一代の大舞台に失敗した張本人だから自失状態になったのもわかるが、ダントールさんはそう易々と私を一人にすべきじゃないと思う。生真面目でお人よしなのか、いい人の仮面を被って私の行動を試しているのか、彼の本性はまだつかめない。

 まあ、実際私は逃げるどころじゃない。逃げてどうしろというのだ。帰還方法がわからないとなれば、私が今すべきことは逃亡でも抵抗でもない。待つだけだ。

 そうやって待っている間、最初は落ち込んだし静まり返った部屋で寂しさが込み上げ、年甲斐もなく涙が出てきた。それでも子供のように悲劇のヒロインに浸ることはできなくて、頬に涙の跡が3本ほどできた時、これからのことを現実的に考えた。何故かそこから涙がピタリとんだ。寂しくて悲しいのは変わらないのに。

 全く、可愛くない女だと自分で思う。むしろ可愛く泣くだけの私なんて気持ちが悪い。それでも役立たずの救世主…いや救世主なんて大層なもんじゃないな。ただの役立たずになってしまった私がこの世界で生きるためにすべきことは、無力な可愛い女を演じることなのかもしれない。演じていれば、どうしようもないこのる瀬無さも寂しさも、その内きっと感じなくなるだろう。一種のマインドコントロールだ。

 独りで部屋に残され悶々もんもんとしていたことが、私を徐々に冷静にさせた。そうして可愛い女とはどういう感じだったかと、会社で一番人気がある後輩の受付嬢を思い出しながら、ダントールさん達が帰ってきた時に言うセリフを考えた。







 不意にノックの音が聞こえた。

 私が返事をして良いものかとあぐねていると、もう一度先程より強めにノックをされた。

「ダントール司令官、トニオン・ヴァーレイです。失礼します」

少し高い男性の声がして扉が開かれた。

 目が合ったのはまだ十代と思われる、若い男の子だった。

「あれっ?」

そう言って私を見るなりその男の子は首をかしげた。格好はダントールさんとそう変わらない。鎧の形がダントールさんの物より少しシンプルで、模様が付いていないだけだ。ただ、彼の風貌はバリオスさんと同じラテン系だった。ダントールさんだけ人種が違うのか、それとも偶然か。

「ダントールさんなら地下に行かれましたよ。その内ここに戻ってくるとは思いますけど」

向こうも私を観察しているようだったが、いつまでも見つめ合っていたって仕方ないので教えてあげた。

「あ…っ…、そうですか。僕…わ、私は第三隊所属のトニオン・ヴァーレイと申します!地下は許可無き者の立ち入りは禁止ですので…ここで待たせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はあ、構いませんけれど…」

僕、と言いかけたところが若々しくて何だか微笑ましい。だがここで待つとはどうしたものか。年上として私が何か場を持たせる会話をした方がいいのか。とは言っても明らかに10以上も年が下に見える男の子とどんな会話をすればいいのか、皆目かいもく見当もつかない。

 彼も似たようなことを思ったようで、お互いもじもじしていた。

「あのっ、失礼ですが、あなたはダントール司令官の…その…」

えらいぞ男の子。気まずい雰囲気で自分から話しかけるとは将来有望だ。

「私はダントールさんとバリオスさんにここへ呼ばれたんです。ちょっとバリオスさんに問題が発生して…戻ってくるのを待っているんです」

「ああ、司令官のお客様だったんですね!てっきり恋び…いえ何でもありません。あっ今お茶をお出しします。気付かず申し訳ございません」

そう言うと彼はバタバタと出て行った。

 救世主召喚のことは一部の者しか知らないのだろうか。平然と「お客様」と言われて思った。

 初めは恋人と勘違いしてたようだし。まあ救世主の存在は、切羽詰って200年以上前の文献を調べてやっと出てきたようだから、上の者しか知らされていなくても不思議じゃないが。

 そこまで考えて、ふと思った。もし救世主の召喚が秘密裏に行われていた場合、間違って現れた私は秘密裏に消されるなんてこと、有り得るんじゃないか。誰でも失敗は公開したくないし隠したい。個人でもそうなのに、国家なんて大きな規模になれば尚更だろう。ただでさえ不安定なお国事情だ。小さな不安要素でも潰して置かなくては…なんてここの国王がダントールさんの報告を聞いて思ったらどうなる?

 やっぱり今の内に逃げるべき?

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ