馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(10)
翌日の王宮内の雰囲気は、静かに波立っていた。ぽっちゃり大臣から不可解な武器について公表があったのだろう。皆そわそわしていた。トニーのお見舞いに来た私は、刺すようなピリピリムードの中を足早に擦り抜けた。
「おはよう、トニー。今日は皆怖い顔してるわね」
そう言って治療室のドアを開けると、ルイがベッドの脇にいた。
「おはよう、サヤ。キートさんが見舞いに来てくれたんだ」
トニーが元気そうに言った。
「やあ、おはよう。最近書庫に来ないと思ったら、こっちに来てたんだね」
振り向いたルイは、相変わらず軽そうな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「おはよう…。あの、ルイは今日休みなの?」
「そうだよ。コイツがやられたのに、今日まで休みがなくてさ。まだ一度も見舞いに来れてなかったからね」
「キートさんは僕の見舞いじゃなくて、サヤが目的なんでしょう?女の子の行動には耳が早いんだから」
トニーの指摘にルイは、「酷いなあ、半分当たってるけど」と苦笑した。
そういえば、ルイも第3隊だったはずだ。奇襲のことを何か知ってるかもしれない。ちょうど目の前にいるから聞いてみよう。
「ね、ルイはトニーと一緒に出兵したの?」
「ああ、俺も選ばれてたよ。こいつが倒れた時はびっくりしたな」
「トニーの近くにいた?」
配置を聞こうとしたら、ルイは右の片眉だけ器用に上げた。
「…何でそれを聞くだい?」
「キートさん、サヤは奇襲のことを司令官から聞いて知ってるんです。犯人が分からないから、僕の近くにいた人に、何か気づいたことはなかったか、一緒に聞いて回ることにして…る…んです」
ルイがどんどん目を細めていくから、トニーの声はだんだん尻すぼみになっていった。
「司令官の関係者でも、容易に巻き込んじゃいけないと思うけどな」
「は、はい」
「トニーを責めないで。私から首を突っ込んだの。犯人が分からないのが悔しくて……」
ルイの言うことは正論だが、トニーがそれで責められたらたまったもんじゃない。私が言い出したことだ。
「…はあ、そうかい。俺はこいつより斜め前に隠れていたからね。後ろは見えないよ。少し離れた横にいた奴が、物音を聞いて駆け寄ったらこいつが血を流して倒れてたらしいぜ」
ため息をつきながらも、結局ルイは自分の配置を教えてくれた。
「そう…、それじゃルイは何も分からないわよね。ありがとう」
そう簡単に情報は手に入らないか。やっぱりトニーが復帰してから地道に聞いて回るしかないな。
この間は険悪なムードだったというのに、今はトニーもルイも普通に仲良く喋っている。男の子っていうのはよく分からない。私がそんなことを考えている間に、昨日筋トレをやっていてフォンスさんに怒られたという話題になった。
「おいおい、そりゃ怒られるさ。身体は何ともなかったのか?」
「はい。軽く筋肉痛ですけどね。サヤを乗せても平気でしたよ」
「へえ。そうだ、俺、筋肉痛に効く器具持ってるんだ」
そう言ってルイは自分の鞄をゴソゴソと探した。
「器具?マッサージでもするやつですか?」
トニーは興味深々で鞄を漁るルイを覗き込んだ。
「これだよ」
ルイが取り出したのは、黒くて四角い携帯くらいの大きさの物だった。先端に短い針のような物が付いていて、それはまるでらクワガタ虫が角を開いて威嚇しているように見えた。
私の心臓がドキドキと鳴りだす。あの形、テレビのドラマとかで見たことがある。何故あれがルイの手にあるのだ。筋肉痛に効く?あれを使ったら筋肉が痙攣するだろ。いや、あれが通常の物なわけがない。痙攣どころじゃ済まない。
「ルイ、それは……」
呼びかけたのにルイは振り向かない。何の疑いも持たないトニーに、あれがどんどん近づいていく。
「っ!……何?サヤ」
咄嗟にあれを持った手を掴むと、ようやくルイはこっちを向いた。
「…ねえ、それさあ、私も使ってみたいわ」
何を考えてるのか全く読めないルイの目を睨みつけるように見つめた。
「君も筋肉痛?昨日二人して何やってたのさ」
ニヤリと笑った顔は、前までのチャラけたものじゃなくて、背筋がぞっとした。私の心臓はマックスビート状態。でもここで引いては、駄目だ。
「こいつの後に使ってあげるよ」
「いいえ、私が先よ」
不自然に食い下がる私に、トニーは不安げな顔をした。
「…サヤ?どうしたんだよ」
「あっ!」
ルイは私の手を無理矢理振り払い、首を傾げるトニー目がけて、自由になった己の手を突き出した。
バシュッ……
シーツに焦げ目がついて、細い煙が上がった。嫌な臭いが部屋に漂う。
「…な、何だこれ…?」
トニーが唖然としてシーツの焦げを見た。
ルイが手を突き出した瞬間、私は咄嗟に彼へ体当たりを食らわせた。トニーに集中していたルイは、横からの衝撃に耐え切れず、ベッド脇に倒れ込んだ。その拍子にあれの先端はトニーではなく、ベッドの端に当たったのだった。
「サヤ…、君はこれを知っているんだね?」
ゆっくり顔を上げたルイの顔は狂気に満ちていて、私は思わず側にいたトニーに抱き着いた。
体当たりしただけなのに、全力疾走した後のように息が上がる。トニーの首に回した手の震えが止まらない。あの狂った目を見たくないのに、何故か今そらしたらやられる、という根拠のない恐怖感が体中を駆け巡った。
これが、命を狙われるということ?
「黙ってないで、答えてよ」
「キートさん!その器具は一体何なんですか!何故サヤがこんなに怯えてるんですか?!」
私とルイのただ事でない雰囲気をようやく理解したトニーは、片手で私をギュッと抱き寄せた。ルイはそんな私達を鼻で笑うと徐に立ち上がり、背を向けてドアの方へと向かった。
「襲撃の犯人はキートさんなんですか!?」
トニーがその背に叫んだ。声はもう泣きそうだ。ルイは立ち止まると、首だけ振り返り、またニヤリと笑った。
「今の状況見れば、聞かなくても分かるだろう?4人を殺したのも、お前を刺したのも、俺だよ」
「何故…」
「何故?決まってるだろ。俺がアメリスタ側の人間だからさ」
ルイは身体をこちらに向けて、飄々(ひょうひょう)と肩を竦めた。
「本当はお前も奇襲の時にコイツで殺るつもりだったんだけどな。満タンまで充電しても、4発までしかできないんだ。優先して殺らなきゃいけない奴が他に4人いたからさ、お前はナイフで刺したんだ。まさか助かるなんて思わなかったけどな」
手の中の物を愛おしそうに撫でるルイは、狂人そのものだった。あれの表面に、電卓等に付いている四角い太陽電池が見えた。大掛かりな装置ではなく、もうあれ自体に組み込まれていて、光があればいつでも充電できるのだろう。そして狂人の目が今度は私に向く。歯がガチガチ音を立てて、悲鳴さえ上げられない。
「エンダストリアの内情を探るために、女の子に片っ端から声をかけたんだ。侍女達なんてちょろいもんだったぜ?ダントール司令官の周りにいきなり出てきたサヤもイケると思ったんだけどなあ。ヴァーレイ、お前がうろちょろするから邪魔でさ。予定外だったけど死んでもらおうと思ったんだ」
「…司令官の情報を聞き出すためにサヤに近づいたんですね。何の目的で司令官のことを……」
「おっと、そこまで」
ルイはトニーの言葉を遮った。
「お前馬鹿?ちょっとだけ茶番に付き合ってやったけど、目的までぺらぺら喋る敵がどこにいるんだよ。これは物語じゃないんだ。そろそろ俺は逃げるとするよ」
「…あっ!待て!!」
トニーはドアを蹴破って出ていくルイを咄嗟に追いかけようとしたが、私が抱き着いていたために、それは叶わなかった。
「サヤ、大丈夫?」
優しく問い掛けられても、私は首を横に振るしかできなかった。