馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(9)
店のドアを開けると、従業員達が仕込みをしていた。この前リリーを呼びに来た時水をくれた従業員と目が合うと、リリーを連れて来てくれた。
「あら、もうできたの?」
「納豆よりは早くできるわ。手間はかかるけど」
私はテーブルに豆腐の入ったカップと洋風卯の花を置いた。
「この白くて固まってるのが豆腐ね。それから隣が豆腐を作る時に出る副産物のオカラ」
「ナットーとはえらい違いね。こっちの方が美味しそう」
リリーはカップを手に取って、豆腐をまじまじと見つめた。
「味がついてないから、塩か何かつけて」
「スプーンですくったらお菓子みたいね。ほら」
やや遠巻きに窺っていた他の従業員達も、リリーに豆腐を見せられてこちらに寄って来た。
リリーは匂いを嗅いで、納豆のように臭くないか確認してから、スプーンを口に入れた。
「…美味しいじゃない。味が淡泊だから、色んなアレンジができそう」
「本当?良かった。納豆よりずっと食べやすいでしょ?」
「この口当たりが滑らかなのが好きよ。皆も見てないで食べてみたら?私、次はこっちのオカラっていう方食べる」
リリーに勧められて、従業員達もスプーンを出してきた。
皆豆腐とオカラの無難で優しい味を気に入ったようで、口々に思い付いたレシピを言った。
「なあ、あんたの国だとどんな使い方するんだ?」
従業員の一人が聞いてきた。
「そうねえ…そのまま食べたり、スープに入れたり、サラダに乗っけたり、炒めものに入れたり…まあ、使おうと思ったら何にでも使えるわね」
「何か1個作ってみてくれよ。材料その辺の使ってさ」
「あ、それいいわね。サヤの料理、ちゃんと食べたことないもん。あの方にどんなもの食べさせてるのか気になるわ」
従業員の提案にリリーが乗った。
「リリー、あなた姑みたいなこと言うのね……」
「私は嫁になりたいのよ。いいから作ってよ」
強引に厨房へ追いやられた私は、何を作ろうかと積まれた材料を見渡して考えた。多分皆はただ乗せたり焼いたりするだけなのは期待していないはず。でもここには使い慣れた調味料がない。必然的に洋風アレンジになってしまうが……
私はカップから豆腐をそっと取り出し、一口大に切って小麦粉をつけて油で揚げた。次に寸胴鍋に大量に作ってあったスープを小鍋に拝借し、付け合わせ用に置いてあった茹でたじゃがいもを潰してスープに入れ、煮立ててとろみのある餡を作った。
「片栗粉って、じゃがいものデンプンからできてるって聞いたことあるけど、じゃがいもをそのまま使っても案外上手くいくのね」
思い付きでやってみて成功したので、ちょっと嬉しかった。
器に入れた揚げ豆腐に、洋風餡をかけて、エンダストリア風揚げ出し豆腐の完成である。
「こんなもんでどうかしら?」
きっちり座って待っていた皆の前に揚げ出し豆腐を置いた。
「…あ、美味い」
「うん、イケるわね」
「衣にスープが染みてるから、口の中でジュワッとくるな」
「これ、店で出さない?」
口に合わなかった人はいないようでホッとした。
窓から外を見るともうすぐ夕方だ。もうそろそろ帰らないと、夕食の支度に間に合わない。すっかり所帯じみてしまったものだ。
「あんたさ、うちの従業員になればいいのに」
帰ろうと空になったカップを片付けていると、従業員の一人が言った。
「えー?ここのお客さん、外国人の私の顔、ジロジロ見るんだもの。嫌よ」
「そんなの最初だけだって。美味い飯作ってくれるって分かりゃあ警戒も解けるだろ。なあ?リリーさん。この人がいたら、色々メニューが増えるだろう?」
どうやら従業員達の胃袋を掴んでしまったようだ。フォンスさんだけでいいのに。
「そうね。私とダントールさんが結ばれたら、あなたがこっちに来ればいいじゃない。前にあの家出たら路頭に迷うって言ってたし」
リリーはニヤリと笑って言った。こいつ、いい子だけどたまにムカつくな。
「へえ、そういうこと言うなら、しつこくしぶとくあの家に居座ってやるから」
私もニヤリと笑って言い返した。
「ち、ちょっと、目が怖いわよ。冗談だってば。…まあ、路頭に迷わなくても、新しいもの作ったらまた寄ってよ。皆サヤの料理、気に入ったみたいだから」
本当に冗談か?猪女が言うと本気に聞こえるが。
気が向いたらまた寄ると言って、私は家に帰った。
今夜もフォンスさんの顔は浮かない。
兵士の家族はやはり訪ねてきたフォンスさんにいい顔はしなかったそうだ。ぽっちゃり大臣がいたため、あからさまな文句は言わなかったらしいが。
「家族に怨まれるのは仕方のないことだ。他にぶつけるところがないからな。私が責任者として全て受け止めるべきだと思っている」
相変わらずフォンスさんは真面目過ぎる。こうやっていつも他人の負担まで背負うんだ。それでも潰れることなく己を律している彼は、本当に強い人だと思う。
「話ができる雰囲気ではなかったから、トリード殿は説得して調査するという形ではなく、遺体と会わせてくれとだけ言って、隙を見て服をめくったんだ」
「機転の利かせ方がセコいわね……」
「そう言ってくれるな。貴族間の事情は中々ややこしいんだ。遺族を騙すようだが、ばれなければ余計な心労をかけなくて済む」
ぽっちゃり大臣が、キョロキョロ周りを確認してチラッと遺体の服をめくる場面を想像してしまい、それがあまりに彼のイメージとピッタリだったため、少々げんなりした。
「……やはり跡があったよ…」
フォンスさんはため息混じりに結果を吐き出した。
「火傷してたんですか?」
「火傷と言うより、焦げ目に近い。惨いことだ」
確かに惨い。苦しむ間もなく一瞬で意識が無くなったのがせめてもの救いか。いや、死んだら救いもくそもないな。
「じゃあ、異界人の兵器が使われた可能性が高いということですか」
「ああ、そうだ。トリード殿は異界人のことは伏せても、不可解な武器で襲われたということは軍内に公表すると言っていた。内部に裏切り者がいる場合、これ以上こそこそと行動させないための牽制になる」
「それじゃ犯人が逃げちゃうかもしれませんよ?」
犯人が警戒したら、余計に捕まえにくくなるんじゃないだろうか。トニーが目覚める前にフォンスさんは、防御壁が直前まで張ってあったため、事前に奇襲の情報が流れた可能性は低い、と言っていた。アメリスタ側が待ち伏せできないなら、内部の裏切り者が実行犯だということだ。牽制が下手な刺激にならなければいいが。
「…遺族には申し訳ないが、今は誰が犯人か突き止めるのではなく、裏切り者が行動しにくくすることに重点を置いているんだ。例え今回の犯人を捕まえたところで、いずれまた裏切り者が出る。悲しいが、これがエンダストリアの現状だ」
どんなに強固な防御壁を張って外からの攻撃を防いでも、内側から裏切られたら壁なんて何の意味もない。結局どこの世界でも、ずる賢い者が勝つということか。
世知辛いもんだな。