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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
裏切りと暗殺の章
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馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(7)

 トニーが何事も無かったかのように腕立て伏せをするものだから、私も気にしないでおくことにした。おでこの一つや二つで、「責任取って!」なんて言うほど純白純情乙女じゃない。一人で騒いでもおかしいだけだ。きっとアレだ、今時のエンダストリアの若者にとっては普通のスキンシップってやつだ。ルイじゃあるまいし、天然天使に変な悪戯心や下心があるわけない。

 「何ぶつぶつ言ってるんだ?」

私がさっきのでこチューを自分の中で消化しようと唸っていると、トニーが話しかけてきた。

「気にしないで。ちょっと個人的な考え事をしてるだけだから」

「ふうん、考えごとするならさ、僕の背中の上でやってくれる?もうちょっと負担が欲しいんだ」

「元気ねえ……」

どっこらしょ、と年寄りじみた声を出してトニーの上に横向きで腰掛けると、意外にぐらつかず安定していた。

「筋肉ムキムキってわけでもないのに、平気そうな顔してよくやるわね。ディクシャールさんくらいなら分かるけど。ほら、あの人ってば縦にでかい上に、二の腕なんか私の太ももくらいありそうじゃない?」

「…サヤの足は見たこと無いから、ディクシャール司令官と比べようがないけど、あの方は屈強揃いの第5隊出身だからなあ。サヤなら3人くらい乗せて走れるんじゃないかな」

「男の人の筋肉って一体どうなってんのかしら。私なんか、腕立て伏せ一回もできないわよ?支えきれずにぺシャンッて潰れちゃう」

だから私の二の腕はよく揺れる。十回ならできると胸を張っていた女友達との揺れ幅の差は歴然だ。悔しいからその子には、胸の大きさで負荷が違うのよ、と言っておいたが。

 腕立て伏せができないと言った途端、トニーの背中が小刻みに揺れた。振動の加減から、クスクスと笑っているのが顔を見なくても丸分かりである。

「笑わないでよ、失礼しちゃう」

「サヤはできないならそれでいいよ。できる僕が守るから」

「……。トニー、前も思ったんだけど、"僕が守る"なんてほいほい言っちゃったら、誤解されるわよ?」

本当に分かってないのかな、殺し文句だって。女はこういう言葉を口説いているととらえるんだぞ。

「誤解なんかされないだろ。守りたくない奴に守るなんて言わないし」

「いやーそういう問題じゃなくてね…。勘違いしちゃうというか何というか」

「できる人ができない人を守ることの、どこを勘違いするんだよ?」

うーん、話が食い違ってる?天然天使との会話にこんな欠点があったとは。まあいっか。勘違いだろうが、それで彼がモテモテになるのなら。

 どうにも裏の意味が通じないようだから、その話は終わりにした。

 結局トニーは休憩を交えながらも、夕方まで筋トレを続けた。その内にフォンスさんが戻ってきて、案の定怒られた。

「担当術師の許可が出るまで、勝手なことをしてはいけない」

「申し訳ございません……」

「サヤ、何でも言うことを聞くだけが友人ではない。ヴァーレイのことを思うなら、背中に乗るのではなく、心を鬼にしてでも止めなければ……」

「ごめんなさい」

二人で縮こまって謝った。今日はよく怒られる。トニーにもフォンスさんにも。いい年して情けない。

「ヴァーレイ、気が焦るのは分かるが、君の努力と真面目さには期待しているんだ。今後のことを考えて、もっと身体を大事にしてくれ」

「は、はいっ!ありがとうございます!」

ちゃんとプラスのイメージで説教を終わらせるあたり、フォンスさんは司令官より教師の方が向いているんじゃないか、と思った。







 フォンスさんと一緒に家に戻って、遺跡の調査結果を聞いた。やっぱり人が入った形跡はなく、誰かがあの装置を再利用してスタンガンを作ったとは考えにくいそうだ。

「でも4人の死に方は、あの文献に書かれていたのと似てるんでしょう?」

「似ている。だが今の状況では、異界人の兵器を使ったという証拠がない。このままでは戦地で怯えるあまり心臓麻痺を起こして死んだ、ということで片付けられてしまう。そんな弱い者が第3隊にいるわけがないというのに……」

何も手がかりが出ないと、"不可解な武器で殺されたかもしれない"という可能性を否定されてしまう。確実な味方が少なすぎる今、これで敵に緘口令かんこうれいでも敷かれてしまえば、他の兵士に話を聞くことすらできなくなる。何か電気を使ったという証拠がいるのだ。

 電気に触れたらどうなる?バチッと音がして、ビリッときて、刺したようにめちゃくちゃ痛くて、コンセントが水で濡れると漏電ろうでんして、燃えやすい物が側にあると火事になるって注意書きが貼ってあって……火事?火事…熱い…火傷…

「そうだ!フォンスさん、4人の身体に火傷の跡はありませんでしたか?」

「火傷だと?」

「はい。私の世界で、電気を使う製品のコンセント…えっと電気を流す接続口みたいなのを言うんですけど、そこに埃とか燃えやすいものが付着すると火事になるから気をつけろ、って言う注意書きが必ず付いてるんです。燃えるってことは、電気に触れると熱を持つってことでしょ?雷に打たれて運良く助かった人が火傷していたっていう話も聞いたことあるから、電気を使った兵器で襲われたら、兵器が触れた部分に火傷が残っていてもおかしくないわ。だって人が死ぬくらいの威力なんだもの」

多分ね、多分。私自身が電気で火傷したなんて経験はないから、全部憶測でしかないけれど、調べる価値はある。

「4人の身体のことは治療術師達に聞かねば…。発見時にはもう心臓が止まっていて、大きな外傷もなかったから、服を脱がせてまで確認はせず彼らに引渡したんだ。もう遺体は家族の元へ行っているかもしれん。既に埋葬されていたら難しい。大事な人を失って悲しんでいる時に、墓を掘り返して調べさせろなどと、家族が許可するかどうか……」

フォンスさんはテーブルに両肘をついて、組んだ手の上に顎を乗せ、悩むように眉をひそめた。

「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!放っておいて、また同じような被害者が出たらどうするんですか?いきなり死んだという事実のみで何も物的証拠がないなら、遺体から証拠を探すしかないわ。怯えたショックで死んだなんて情けないこと、認めたくないって家族もいるかもしれない。異界人のことを公にできないなら、伏せたまま何か上手い説得はできないんでしょうか」

不謹慎だが、気分は火曜サスペンスの主演女優だ。

「…そうだな。家族でなくとも、私とて部下が情けない死に方をしたなど、納得できん。彼らの汚名を払拭ふっしょくしてやるのが、せめてもの手向たむけだ」

「当てがあるんですか…?」

「一人だけな」

微笑んで頷いたフォンスさんは組んだ手を解き、椅子の背もたれに背中を預けた。

「4人の中に、大臣のおいがいた。他の3人の状態は分からないが、その者の家族は死を認められなくて、まだ埋葬していと耳にした。貴族だから私が説得するのはかなり難しく、調査から除外しようと思っていたが…トリード殿を通して何とかしてみよう」

「大臣同士だから?」

「ああ、大臣同士の上に貴族同士だ。身分はトリード殿の方が高いから、私よりずっと上手くやってくれるさ」

ぽっちゃり大臣は貴族なのか。だからあんなに偉そうなんだな。

「今から私はトリード殿の所へ行ってくる。暗いから君は家にいなさい」

「もう夜なのに行くんですか?」

「ここは気温が高いから、遺体はすぐ腐敗してしまう。家族は多分それを見越して、比較的涼しい屋敷の地下に安置しているとは思うが、少しでも早い方がいい」

そう言ってフォンスさんは家を出て行った。

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