馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(6)
トニーの怪我はほぼ完治していた。治療魔術により、傷口は私とリリーが駆け付けた時点でほとんど塞がっていて、そこから今日までは、失った血液が体内で作られるのを待つばかり、という状態だったそうだ。若いトニーはその回復も早く、もう2、3日様子を見て大丈夫なら、隊に復帰できるらしい。
「出血多量の重傷で意識不明の重体なんていう患者が、1週間そこそこで復帰できるなんて…。魔術のない私の国じゃ考えられないわ」
身体が鈍る、と言ってベッドの上で腕立て伏せを始めたトニーを、私は呆れながら眺めた。
「もうちょっと安静にしてたら?大丈夫なの?」
「うーん、まだ腹筋すると、腹の奥が引きつる感じがあってさ。でも鍛えられるところからやっておかないと、仲間の足引っ張っちまうからな」
腕立て伏せを数え始めて、100回は越えているはずなのに、トニーは私の問いに平然と答えた。さすが男の子だ。
「足引っ張るって、それだけ動けても?やっぱり特殊任務だから大変なの?」
「え?何でサヤが知ってるんだ?」
トニーがびっくりしてこっちを向いた。
「何でって…隊で行動してるのに、トニーを襲った犯人のこと、誰も見てないなんて納得できない!って言ったら教えてくれたの」
「…誰が?」
「司令官長さん」
正直に言ったらトニーは呆れた顔をした。
「大丈夫よ。機密事項らしいし、他の人にばらしたりしないって」
ちょっと失礼な反応だと思うぞトニー。
「いや、それ以前にどうして司令官長とサヤがそんな話できるんだよ……」
「フォンスさんのコネクション」
「…ああ、ああ、そうだったね。司令官は何かとサヤに甘いからなあ……」
言われてみればそうかもしれない。フォンスさんの有り余る正義感とくそ真面目さに付け入って、かなり甘やかしてもらっているとは思う。最初なんか嘘泣きして同情誘ったしなあ。性悪うさぎには絶対通用しないだろう。召喚の立ち会い人がフォンスさんで良かった。
「それで、僕ら第3隊が特殊だからって理由で納得できた?」
「全っ然」
私の否定を予想してたかのように、トニーはため息をつきながら頷いた。
「トニーは納得してるの?死にかけたのに、特殊だから単独行動でした、犯人は誰も見てないから分かりません、でうやむやにされて」
「それは…、納得しなくちゃいけないだろ…。上の指示なんだから」
そう言ってもトニーの表情は不満げだ。
「そう、じゃあ私は納得してないから、とりあえず奇襲を仕掛けた時の配置を教えてよ。トニーの近くにいた人に、何か気付いたことがなかったか、聞いてみるわ」
私の言葉にトニーはギョッとして、ようやく腕立て伏せを止め、身体を起こした。そう、彼は今まで話しながらずっと腕立て伏せを続けていたのだ。エリート候補の体力は恐ろしいものだ。
「サヤ!馬鹿なこと言うんじゃない!犯人が全く分からないってことは、下手に動くと危険だってことなんだぞ?」
「分かってるわよ。フォンスさんにもそう言われたから」
「…っ!司令官に言われたんなら何でわざわざ危険なことするんだよっ!!」
おおう…トニーが怒った。怒鳴ると普段より男っぽい声になるんだな。あ、いけない。今はこんなこと考えてる場合じゃなかった。
「私がトニーの心配したら迷惑?」
「え…、いやその……。そういうことじゃなくてさ……」
俯いて弱々しく言ったら、トニーが慌てだした。普通に聞いて駄目なら、やり方を変えるまでだ。フォンスさんの同情を引いた時みたいにするかな。私が唯一素に近い状態でいれるトニーを騙すようで気が引けるけど、それだけ彼は大事な友達なのだ。彼のために調べたいことはたくさんある。犯人はどうやって5人を襲撃したのか。そして、何故トニーだけ刃物で刺されるという方法だったのか。特定の5人を狙ったのか無差別の5人なのか。
「ご、ごめん!怒鳴っちゃって。迷惑なんかじゃないから、泣かないで…」
ん?泣かないで?まだ嘘泣きしてないのに。私が下を向いて考えているのを、トニーは泣きそうになってると勘違いしたのかな。これは使えるかも。
「じゃあ、教えてくれるの?」
上目使いで聞いてみた。
「いや、それはさあ……」
「……」
「…サヤ?」
「……。すんっ」
黙り込んで最後に鼻をすすると、トニーは観念したように両手を上げた。
「…分かったよ」
「ほんと!?」
やっと得た了承に、私は顔を上げて乗り出した。
「全く、君には敵わないよ」
トニーは苦笑して、私の頭をポンポンと触った。その手が髪を通って頬まで下りてくると、彼の顔が少し引き締まった。
「そのかわり、教えるのは僕が復帰してから。一人で行動しないこと」
「トニーもついて来てくれるの?」
「女の子一人で兵士達に聞いて回るのは無理だよ。犯人に狙われるのとは別の意味で危険だ」
「別の意味……」
貞操の危機ということか。それもそうだな。一緒に来てくれるならその方がいい。
神妙な顔で3度頷くと、トニーはフッと笑った。
「本当に分かってる?」
「え?…あっ…」
「こういうことされるから」
………で、でこチューしやがった!実際にやらなくても分かってるっつーの!
「トニー!私さっき頷いたでしょ?ちゃんと分かってるわよ!」
額を押さえて飛びのいた私を見て、トニーは大笑いした。
「分かってないから油断したんだろ?そんなに無防備なら尚更一人でなんか行かせられないよ」
「そ、それは…油断じゃなくて、トニーを信用してたのよ!」
「へえ?そいつはありがとな」
「もう!馬鹿っ!」
怒る私をまた笑ったトニーは、腕立て伏せを再開した。