馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(5)
異界人の兵器の説明が終わり、襲撃の情報もこれ以上詳しくは分からないため、この場はお開きとなった。
フォンスさんがトニーの様子を見に行くと言うから、私も同行することにした。奇襲の時トニーの近くにいた兵士に話を聞けば、何か分かるかもしれないと思って、フォンスさんに配置を聞いたが、あまり動き回ると私が危険な目に遭うかもしれない、と言って教えてくれなかったので、内緒でトニーに聞こうと考えたのだ。
「娘、あまり首を突っ込むのは良くない。幹部でさえ寝返りが横行しているのだ。我々は第3隊内での裏切り者も想定している。その場合、目立つと消されるぞ」
廊下を歩く方向が一緒だったのか、何故か私達の後ろをついて来ていたぽっちゃり大臣が言った。私がフォンスさんに色々聞き出そうとして断られたのを見ていたのだろう。
「何ですか。もしかして私の身を心配してくれてるんですか?」
そこまで好かれるようなことをした覚えはない。それより怒らせるようなことを口走った方が多い気がする。でもそういえばさっきの部屋で、望まない婚姻だったからあえて話題に触れなかった、とか言ってたな。偉そうだけど、意外に常識的な気遣いはできる人間なのだろうか。
「どのような形であれ、戸籍を取った以上は我が国の国民だ。元外国人だろうが異界人だろうが関係ない。私はそう考えている。一般国民となったお前が狙われることを危惧して何が悪い?」
ぽっちゃり大臣は、私の問いに心外だとでも言いたげだ。ちょっと見直したぞ。これからはちゃんとトリードさんと呼んであげようかな。
「悪いだなんてとんでもない。どうもありがとうございます。ご忠告通り気をつけますよ」
「…ふんっ。いつもそうやって素直にしていれば、普通にかわいらしい娘なのだがな……」
お礼を言ったのに、ぽっちゃり大臣もといトリードさんは、何故か怒ったように鼻を鳴らしながら、私達を追い越して行った。
「サヤ、トリード殿は照れているのだ。少し顔が赤かった。天邪鬼なのだよ」
首を捻った私にフォンスさんは言った。するとトリードさんが立ち止まって振り返った。
「ダントール殿!聞こえておるぞ!全く、昔は天使のようにかわいらしい少年だったというのに…!コートル殿に毒されたか!」
35歳のフォンスさんに、天使のような少年らしさを求めるんじゃない。変態かよ。しかも地獄耳だし。やっぱりあいつはぽっちゃり大臣でいいや。
また鼻を鳴らして今度こそ去って行った変態オヤジを、フォンスさんは呆れたように苦笑しながら見送った。
「フォンスさん、昔からあの人と知り合いだったんですか?」
「知り合いというか、軍に入るために戸籍を取る際、当時隊長だったコートル殿に裏で手回しをしてもらったんだ。その時コートル殿が協力を依頼したのがトリード殿で、何度か面会したことがあった。私にとっては恩人の一人だよ」
「お、恩人?その割にはフォンスさん、謁見の時けっこう睨みつけてませんでしたか?」
ぽっちゃり大臣が私を厄介者呼ばわりした時、フォンスさんは一睨みで黙らせたはずだ。とても恩人に対する態度には見えなかった。
「それはコートル殿の教えだよ。恩のために萎縮して下手に遜ると、一生這い上がれなくなる、とな。勿論、今もちゃんと感謝はしている」
「それはそれ、これはこれってやつですか?」
「ハハッ。そうだな。トリード殿は恩着せがましい人間ではないが、誰に対しても一貫していないと、周りから変な誤解を受けかねん。トリード殿もコートル殿と親しいから、私がそういう教育をされてきたことくらい分かっておられるさ。あまのじゃくなだけで」
ぽっちゃり大臣の意外な一面を知った。態度と体型と毛髪数で人を判断しちゃいけないものだな。
今の話を合わせて考えると、あの部屋にいたのはフォンスさんの恩人2人、気心知れた友人1人、野心とは無縁の天才魔術オタク1人。この人達は裏切りが相次ぐエンダストリア上層部の中で、異界人の兵器の話を聞かせるくらいフォンスさんが信用しているということか。
じっと考えているのがバレたようで、フォンスさんにポンッと肩を叩かれた。
「何を考えている?トリード殿も言っていただろう。下手に動くと本当に狙われるぞ」
いつになく厳しい表情に、少したじろいだ。
「はい…分かってます」
小さな声で返事をすると、フォンスさんは表情を緩め、「分かっているならいい」と頷いた。
治療室でトニーを一目見たフォンスさんは、バリオスさんと砂漠の遺跡を調査しに行くと言って、すぐに出て行った。襲撃に異界人の兵器が使われたのだとしたら、遺跡に最近使われた形跡が残っているなり、何か手掛かりがあるかもしれないからだそうだ。200年以上も前の砂に埋もれた電気機器が動くわけないとは言ったが、それでも念のため確認しに行くらしい。というわけで、今はトニーと2人きり。
フォンスさんごめんなさい。ちょっとだけ動きます。