馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(3)
この前の奇襲時に襲撃されたのは、トニーだけではなく、全部で5人だった。刃物で刺されるという、分かりやすい負傷をしたのが彼だけで、後の4人は声も上げず、血も流さず、いきなり倒れたらしい。そして原因不明のまま死んだという。 異界人の兵器の話を聞いていたフォンスさんは、彼らの死に方が気になり、一部の者だけにあの話をしようと思ったが、トニーの容態もかなり危なく、私とリリーの動揺が激しかったため、今まで落ち着くのを待っていたそうだ。
「異界人の開発した兵器か……」
書庫から借りた文献を皆で回し読みした後、コートルさんが口髭を一撫でして、そう呟いた。
「サヤさん、デンキというものはどんなものなんでしょうか?」
バリオスさんが私に尋ねた。来た来た来たよ、この質問。
「目で見えるものなら雷ですね。素人なんで、電気そのものに関しては、これ以上の説明はできません。見たことない人は諦めてください」
最初にキッパリ言っておいた。あれこれ質問されても困るからだ。特にバリオスさんなんかは、かなり突っ込んだところまで聞きそうだし。
「アメリスタに近い場所ではたまに見るな」
「そうですね」
「儂も見たことはある」
「……」
ディクシャールさん、バリオスさん、コートルさんは知っているらしい。不満げに黙ったぽっちゃり大臣は見たことないのだろう。まあ、軍人と術師は戦争で国境まで出ることはあっても、チャーター機のないこの世界の宰相とか大臣って、基本王宮に篭ってそうだからなあ。
「えー、それでですね、この本によると、太陽神の戦いの時、太陽光を電気に変える大がかりな装置を、南部の砂漠に作ったらしいんです」
「砂漠か…、あそこには謎の遺跡があるが、それのことか?」
ディクシャールさんが何か思い当たったようで、バリオスさんの方を見た。
「正体不明の巨大な遺跡ですが、半分以上埋もれていて、今では何の目的で作られたのか調べようがありません。それ故に放置されてきましたが…、文献に書いてあることを考えれば、異界人の作った装置である確率は高いですね」
まだ残ってたんだ。200年も経てば砂に埋もれもするわな。
「まあ、その謎の遺跡は置いといて…。電気はそのままだと、作ったものを溜めることはできないんです。だから私の世界には、電池という電気を溜めておける物があるんですけど、どうやら異界人も術師の魔術を使って、似たような物を開発させたみたいですね」
「おお、何と!我々のご先祖様は異界人と協力して、太陽の光を雷に変え、それを溜める器まで作り出したのですね!?魔術の可能性は無限ですな!」
バリオスさんは目を輝かせた。異界人の兵器の話を聞いて近寄ってくる変な奴とは、バリオスさんのことか?彼に下手な野心はないだろうが、未知の魔術にかなり興味深々のようだ。
「因みに、サヤさんはその装置については……」
「全くの素人です!ってさっきも言いましたよね?」
皆まで言わせず否定すると、バリオスさんは肩を落とした。素人を呼び出した張本人の癖に…。何か腹立つなあ。そんなに興味があるならエジソンでも召喚すればいい。世界的な電気製品の発明王だぞ。1万回失敗されるけど。
「…小娘、バリオス殿は放っておいて、話を戻せ」
「ディクシャール殿、その言い方は酷すぎますぞ!」
ディクシャールさんにバッサリ切り捨てられて、バリオスさんは非難の声を上げた。
「はい、それでいよいよ兵器の話になるんですけど、私の世界には痴漢撃退等に使う、スタンガンっていう物があるんです。いざという時のためにいつでも持ち運べるよう小型で、もちろん専用の充電池式ですね。私は使ったことないんではっきりとは分かりませんが、多分スイッチを押して相手に押し付けると、体に電気が流れて、ビリビリッとくるんです。痴漢が物凄く痛がって痺れてる間に逃げましょうってやつです」
「ほう?女が身を守るために武器を持っているのか」
コートルさんはまた口髭を触りながら言った。髭を触るのが癖なのかな。似合ってるからいいけど。
「実際持ってる女性は少ないですよ。使い方間違うと危険だから、その辺の店に気軽に売ってる物じゃないですしね。それをもっと強力にしたスタンガンが、異界人の知識と技術によって作られた兵器、なんだそうですよ。劣勢から圧勝に変わったくらいですから、多分一瞬でショック起こして心臓止まるくらいのレベルである可能性は高いです」
そこまで言うと、皆無言になった。考えていることはきっと、奇襲の時にいきなり死んでしまった4人の兵士のことだろう。
「あの…私も聞いて良いですか?」
「何だい、サヤ」
重い雰囲気を取り払うように、フォンスさんが優しく聞き返した。
「奇襲ってどんな感じでやるのか知らないんですけど、いくら草木が多くても、隊で行動してるのに誰も襲撃された瞬間を見てないって、有り得るんですか?」
軍って基本的に団体行動を取るものだと思っていたけど、5人も襲撃されてて誰も敵の姿を見てないっていうのは、いまいち納得できない。トニーをあんな目に遭わせた犯人が、このままうやむやになるのは悔しいのだ。
お偉方が顔を見合わせる。もしかして、気軽に聞いちゃマズイことだったのだろうか。
「サヤ、その質問への答えは軍の機密に抵触する。聞けば部外者から関係者になってしまうが……」
フォンスさんが難しい顔で私の意志を問った。
「異界人の兵器のことまで知って、今更部外者面はできませんよ。もう関係者側に片足突っ込んでると思ってます。聞いても他でペラペラ喋ったりしません。お願い、トニーのことが悔しいんです。友達が死にかけたのに、黙って見てるだけなんて嫌」
「そうか。分かった」
私の願いを了承したのは、コートルさんだった。
今から私は、ただの巻き込まれた異界人じゃなくなる。自ら異世界の戦争に首を突っ込んだ異界人だ。覚悟、決めなきゃ。