嫌なことは重なるもの(4)
困ったことになった。戦争に勝つ知識云々どころか、平和ボケした日本人の私は戦争自体どんなものかピンとこない。テレビで外国の紛争なんかを見たって、所詮は遠い国のこと。日々仕事に追われてすぐに忘れてしまう。さっきからバリオスさんは物凄くキラキラした目で私を見つめてくるが、はっきり言って1ミクロンの期待にも答えられる気がしない。
「無理」
見栄を張ったって仕方ないので、正直に答えた。
バリオスさんは2度瞬きをし、何か言おうとしたが言葉が出ず、首を横に振った。
「無・理!」
どうやら彼は頭の中で現実逃避をしているみたいなので、もう一度声を大きくして言った。
「そんな馬鹿な!文献通り召喚術を行って成功したはずだ!関係のない者が現れるはずがない!無理なわけないだろう!」
頭を抱えて叫ぶ彼がかなりショックを受けたのは分かったが、人間できないものはできない。
「じゃあ関係のない私が現れたんなら失敗ってことでしょう」
そこまで言うと、術師その2〜5もざわつきだした。召喚で疲れ果てているからか、バリオスさんほどうるさくはないが。
側で今のやり取りをじっと聞いていたダントールさんは、うずくまるバリオスさんの肩をそっと叩き、下がるよう促した。そして私に向き直ると、静かに聞いた。
「サヤ、無理という理由…何故できないと思うんだ?」
「知識、と言われましたけど、あなた達が欲しいのは戦争に関してのそれでしょ?私は戦争自体経験したことありませんし、学者じゃないので幅広い知識もありません。だから期待に応えることは無理だと思います」
「そうか…」
ダントールさんは目を閉じ頷いた。相当落胆したけど表に出さぬよう堪えているといった雰囲気が漂う。
「あの、私からも聞きたいことがあるんですけど…。」
そう。向こうの事情ばかり聞いていたけど、どうやら私は無関係なのに勝手に呼ばれただけらしいから、そうなると確認しておかなくちゃならないことがある。
「何だ?」
「お役に立てないのが分かったところで、私はいったいどうやって家に帰ったらいいんですかね?」
「…バリオス殿、彼女の帰還方法は?」
ダントールさんは下がっても尚うなだれ嘆き続けるバリオスさんを振り返った。
たっぷり10秒は待っただろうか、バリオスさんはゆっくり顔を上げると言った。
「帰還は想定しておりませんでした」
「…………はぁ?」
思わず間抜けな声が出た。想定していないとは想定外だ。
「本来なら知識をいただいてエンダストリアが勝利した暁には、救世主様には陛下から相応の地位と財が与えられ、ここに留まって不自由なく暮らしていただくはずでしたが故…」
「大昔の一か八かの術にどれだけ自信持ってんのよ!間違って関係ない人が出て来る可能性もあるって考えるのが普通じゃない?!それに本物の救世主が帰りたいって言ったらどうするつもりだったのよ!誰にだって心配する家族や友人がいるに決まってんじゃない!」
怒鳴った私は間違ってないはずだ。
つまりは切羽詰まって他力本願な根性で召喚し、呼び出された者へのアフターフォローは自分達に都合の良い手っ取り早い方法しか考えずにやっちゃったってことか。
「バリオス殿、建国の文献に帰還方法については書かれてなかったのか?」
「建国後の救世主様については何も…よって帰還方法も書かれておりませんでした」
何か言おうにも言葉が出てこない。
これからどうしよう。私はすぐにでも帰らなきゃいけない。ベッドに入ったのが日曜の明け方だった。一人暮らしだけど、月曜になって無断欠勤して連絡が取れなければ会社が実家に報せるだろう。捜索願いなんか出される前に、こんなふざけた世界とはおさらばしたい。この歳で警察が出てくる騒ぎになるのは恥ずかし過ぎる。
神様
今まで信じてなかったけどもしいるなら……
もう絶対現実逃避なんかしませんから!
どうか家に帰して下さいっ!