馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(2)
フォンスさんと共に通された部屋には、私達2人の他、ディクシャールさん、バリオスさん、謁見の時にいたぽっちゃり大臣、それから知らない初老のおじさんが1人いた。
「フォンスさん、知らない人がいるんですけど、あの人もやっぱりお偉いさんなんですか?」
各々(おのおの)席につく際、小声で聞いてみた。
「知らない人?ラビートとバリオス殿以外の2人も謁見の間にいたが…どっちだ?」
初老のおじさんもいたのか。じゃあ少なくとも身分は高いはずだ。
「えっと…あのおじさんです。ぽっちゃり大臣じゃない方の……」
「おい、娘。今何か言ったか?」
ヤバイ。うっかりフォンスさんにぽっちゃり大臣って言っちゃった上に、ちょうど場が静かになったところだった。何て間が悪い。しっかり本人にあだ名が聞こえてしまったようだ。
「何のことでしょう?」
こういう時は惚けるに限る。
「私のことで今、非常に聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが?」
「そう言われましても、あなたのことなんて話してませんし…、何をおっしゃってるのかさっぱり分かりません」
「……」
よし、黙った。人前でここまで堂々とシラを切られると、それ以上追求できなくなるものなのだ。それにしても"ぽっちゃり大臣"で自分のことだと分かったってことは、やっぱり彼は大臣なのだろうか。
「トリード殿、我々は小さなことで目くじらを立てるほど、暇ではないはずだ」
初老のおじさんが言うと、ぽっちゃり大臣はしぶしぶ席に座った。ナイスミドル!
「さて、儂とトリード殿は君にまだ名乗っていなかったな」
ナイスなおじさんは、これまたナイスな口髭を触りながら、私の方を見た。
「儂はガルダス・コートル。エンダストリア王国軍の司令官長だ」
"長"が付いた。ということは、フォンスさんの上司で、しかも軍の最高幹部じゃないか。思わず姿勢を正したら、指令官長様はフッと笑った。
「娘、私の名はカルル・トリードだ。この国の宰相及び財務大臣である。覚えておけ」
やたら偉そうに言ったのはぽっちゃり大臣。意地でも名前で呼んでやるものか。
「…財務大臣を兼任できる宰相……」
「何?」
またうっかり言っちゃった。今日の私は口が軽い。
「暇だとでも言いたげだな。私は元々財務大臣だけだった。しかし先の宰相がアメリスタに寝返ったのだから、仕方あるまい。財務が最も厄介で忙しいのだぞ?陛下が直々にご推薦されなければ、本来兼任などできぬわ」
聞いてないのに、国の混乱具合までご丁寧に説明してくれた。ぽっちゃり大臣は偉そうで、体型も髪の毛も可哀想だけど、国王様の信頼は得ているらしい。
「えっと、じゃあ私も。皆さんご存知だと思いますけど……」
結婚してから、一回言ってみたかった。今まで機会がなかったが、一回名乗ってみたかったのだ。
「沙弥・ダントールでーっす♪」
嗚呼、感無量…。小首を傾げて言ったら、皆動きが止まった。私とフォンスさんが結婚したことくらい、ここにいる人達は当然知っているだろうに。
「何で皆止まるんですか…。フォンスさんまで」
皆をチラリと睨みつけると、ぽっちゃり大臣が口を開いた。
「…いや、お前にとっては望まぬ婚姻だったと思っておったからな。その話題には触れなかったのだが…。随分あっさりと本人が言ってしもうたが故に…驚いただけだ」
私の気持ちを知っているディクシャールさん以外は、ぽっちゃり大臣の言葉を聞いて、一様に頷いた。
「望む望まない以前に、私は戸籍上も身分上も、フォンスさんの"妻"ですから。お偉方が集まっている場で自己紹介するなら、当然のことですよ。本当は、"主人がいつもお世話になってます"くらい言うのが、私の国では普通ですけど?」
フォンスさんまで止まったことが気に食わなくて、ちょっと怒り気味に言うと、ディクシャールさんが下を向いて笑いを堪えるところが見えた。性悪うさぎめ…。
「サヤ、気を使わせてすまない。ありがとう」
フォンスさんは私の機嫌を取るように言った。しょうがない、膨れっ面を戻してあげよう。
すると、ナイスミドルなコートルさんは、ニヤリと笑って言った。
「いい嫁を貰ったじゃないか、ダントール」
ニヤリ顔からして、からかいも入ってそうだ。
「はあ…、ありがとうございます?」
聞き返すようなフォンスさんの返事に、ちょっとがっかりした。なし崩しに惚れる人じゃないからな。胃袋を掴むだけではまだまだ攻略できそうにないらしい。
どうでもいいけど、いい加減に笑うのを止めろ!性悪うさぎ!