馴れ馴れしい奴ほど怪しいもの(1)
今日の夕食は、納豆サンドにしよう。そんなことを考えていると、フォンスさんが帰って来た。一週間ぶりだ。
「フォンスさん、今日はトニーとリリーに納豆を食べさせたんです」
「ナットー?前に言っていた君の故郷の食べ物かい?」
「そう。ちょっと癖はあるけど、それを抑えるタレを作りました。ちゃんと実験済みです」
自信満々な私の様子に、フォンスさんは「彼らが実験台か」と言って苦笑した。
「はい、どうぞ」
フォンスさんの前に納豆サンドを置いた。さすがに藁から出すところは、リリーのような反応が想像できたので、あえて見せなかった。食文化の多彩さで胃袋を掴むのだから、マイナスイメージになるようなシーンはカットである。
「このパンは……」
「ああ、柔らかいパンが食べたくなって。焼いてみました」
「そうなのか。この辺は滅多に売ってないだろう?スカルには全くなかったからな。まだ役職についてなかった頃に、当時の隊長が食わせてくれて感動したものだ」
良かった。フォンスさんもこういうパンは好きみたいだ。
ホッとしながら納豆サンドをかじった。トニーが美味しいと言ったのが分かる。タレがパンとよく合うのだ。
「うん、独特だが中々美味い」
フォンスさんの言葉を聞いて、心の中でガッツポーズをした。かなりの時間と手間をかけて作ったものだ。それを美味しいと言ってもらえたら喜びも倍増だ。
「良かった。私の国でも好き嫌いが分かれるものなんで、お口に合ったなら嬉しいです」
「君が来てから、食事が楽しい」
フォンスさんはそのまま納豆サンドを食べ続けた。
"君が来てから食事が楽しい"
さっきの言葉がこだました。その言葉が欲しかったのだ。私の頭の中はもうピンクのハートが飛びまくっている。
そんなに喜ばれているとは全く気付かない様子で食べるフォンスさんを見つめながら、にやけそうな顔を必死で抑えた。
翌朝、一緒に王宮まで来て欲しいとフォンスさんに言われた。どうやら、前に調べた異界の兵器について、こないだの奇襲の時に気になることが出て来たらしい。
「すまない。君にあのことを説明させると、変な期待を持った者が近寄ってきて、揉め事に巻き込まれると思ったから黙っていたのだが…。私では上手く説明できそうにないんだ」
「私も専門家じゃないし…というよりむしろ苦手分野なんです。そんなに詳しく説明はできないですよ……」
「異界人について書かれた文献を見つけたのだろう?あれに出来る範囲の説明をつけてくれるだけでいい。皆デンキそのものを知らないからな」
その出来る範囲がかなり狭いんだけどなあ。電気があって当たり前の私は、電気がどういうもので、どうやってできるのかなど全く興味がない。それより納豆やパンがどうやってできるのかを調べる方が、よっぽど楽しい。だからこんな状況になっても、もっと科学を勉強しておけば良かった、なんて後悔する気持ちさえ、はっきり言って、ない。興味のない人間を呼び出した方が悪い。バリオスさんとかバリオスさんとかバリオスさんとか…。
「そんな不安そうにしなくていい。私がちゃんと側についているから」
私はただ、開き直ったあげくに今更バリオスさんに腹が立ってきただけなのだけど、フォンスさんには不安げに見えたらしい。
「大丈夫です。私がディクシャールさん相手でも言い返せる女だって、知ってるでしょ?変な奴が寄ってきたら、私の口捌きで返り討ちにしますよ」
そう言って笑ったら、フォンスさんもつられて笑った。
まずは例の文献を宮廷書庫から借りなくてはいけない。
書庫の前にはやっぱりルイがいた。フォンスさんがいる手前、気安く声をかけてくることはなかったが、文献を持ち出す手続きを終えて書庫を出る際、私にだけ分かるようにウィンクをしてきた。トニーとの一件があってから、余り関わらない方が良いとは思っていたが、目が合ってしまったので、会釈だけ返しておいた。
懲りない人だ。本当に軽い。