年下の扱いは難しいもの(7)
私は昼前にトニーの治療室から帰り、早速納豆用のタリを煮た。
夕方には藁で包んで、準備は万端だ。ここは日本のようなジメジメ感がない分過ごしやすいが、気温自体は高いため、割と早く納豆菌が繁殖してくれる。これは、1回目の丸一日放置した納豆を食べた後、2回目として一晩だけ発酵させたものを作ってみて、こっちの方が食べ慣れた市販のものに近い味になったことから、既に実証済みなのだ。
次は塩ダレ作りに取り掛かる。
だいぶ使い慣れてきた未知の肉の脂身を炒めて取り出し、フライパンに残った脂に水、砂糖、塩、コショウに似たスパイス、刻んだレモンもどきの皮を入れて、一煮立ちさせたらできあがり。これを小さい瓶に入れ、ドレッシングみたいに使う直前に振って乳化させたら、納豆と良く絡んで美味しいのだ。
ネバネバは納豆最大の特徴だから外せないけど、あの独特の匂いをどうにか抑えれば、初めてでも食べやすくなるだろうと考えて作ったタレだ。
それからそろそろパン用の自然種ができているだろう。瓶を開けてみると、表面に薄く筋が入っていて、ちょうど使い頃だった。一部を取って、水と小麦粉で練って前種を作り、予備発酵させるために納豆の隣へ置いた。
明日早起きしたらパンが作れる。焼きたてをトニーに持って行ってあげよう。
その日は翌日のパン作りのために、早めに寝た。最近規則正しい生活が続いているからか、お肌の調子がすこぶる良い。トニーのことはもう安心だから、明日が待ち遠しい。遠足前の小学生のような気分になった。
「あ、ちゃんと二人とも逃げずにいるじゃない」
治療室のドアを開けると、トニーとリリーがいた。
「サヤが勧めるなら食べるよ」
トニーは優等生な返事を返してくれた。
「ありがとう。リリーにはもう少し早く試食させようと思ってたんだけど、フォンスさんが帰らなかったら、ちっともうちに来ないんですもの」
「あら、ご希望なら明日から毎日通って、あの方に対する愛を存分に語ってあげるわよ?」
「…それは聞くのがめんどくさいから遠慮する」
取り留めの無い話をしながら、バスケットから納豆と塩ダレの瓶を出した。
「その草に包まれてるのがナットーか?」
トニーが興味深々でベッドから覗き込んだ。
「そうよ。器借りるわね?」
私は藁を開いて納豆を取り出した。ボトッと糸を引いた塊が落ちる。
「うわっ!本当に糸引いてらあ!」
「……見た目がかなりグロテスクなんだけど…、大丈夫なの?」
興奮気味のトニーとは対照的に、リリーはかなり引いていた。
「大丈夫だって。このタレを混ぜたら匂いが抑えられるから」
「ワハハッ!くっせー!」
騒ぐトニーを見て、小さい頃近所に住んでたガキ大将を思い出した。ああいうやんちゃな男の子って、臭いものとか気持ち悪いものとか、異常に好きだったなあ。
「リリー、心配なら私が最初に食べるわ」
私はそう言って、塩ダレ納豆をフォークですくった。長い糸が引くそれを、二人は固唾を呑んで見守った。
「ど、どう?」
「おなか痛くない?」
飲み込んだところで感想を聞かれた。
「うん、けっこういけるわ。柑橘の香りが匂いを和らげてて食べやすいわよ?ほら」
先にまだ興味を持っている風のトニーに器を渡したら、彼は恐る恐る口に入れた。
「……」
「どうなの?トニー…」
リリーが心配げに問う。トニーはゆっくり味わうと、ニマッと笑った。
「うん、想像してたよりイケるよ、姉さん」
「ほ、ほんと?じゃあ私も」
弟に変なもの食わせるなと言っていた割りに、ちゃっかりトニーに先に食べさせたリリーも、納豆を一口食べた。
「あら…、癖はあるけど、腐ってるわけじゃないみたいね。それよりこのタレが美味しいわ」
彼女は納豆よりタレが気に入ったようだ。
「なあサヤ、あのバスケットに入ってるパンも貰っていいか?ナットー挟んで食いたい」
トニーがまだ出してなかったパンに気付いた。
「ええ、どうぞ。今朝焼いたばかりよ」
朝からオーブンで焼くなんて大袈裟なことをしなくても、小型のものならフライパンで焼けた。
「あ、柔らかいやつだ。僕これ好きなんだ」
エンダストリアではバゲットのようなハードパンが主流で、ふわふわなパンはあまり売られていないらしい。私が久しぶりに柔らかいものが食べたくなってバターを入れたのだが、トニーはそっちの方が好みのようだった。
「姉さん、パンにナットー挟んだら美味いよ。ほら」
「…うん。こっちの方が食べやすいわ」
そうなのか。今度私もやってみよう。味の濃いタレがパンに合うのかもしれない。
初めて食べる二人から、意外な食べ方を教わったのだった。