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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
裏切りと暗殺の章
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年下の扱いは難しいもの(6)

 トニーが目覚めた日は結局、治療室に泊まることにした。夕食後、フォンスさんに帰るなら送ると言われたが、今回の件で彼は忙しくて全然帰れていない。今日も私を送ったらまた王宮に戻るだろう。二度手間な上に、私は帰って独りでいたってしょうがない。それなら今夜くらい、不安がるトニーの側にいた方が良いと思ったのだ。

 「こんなものしか運べなかったが……」

泊まると言ったら、フォンスさんがベッド代わりの簡易ソファと毛布を探して、治療室に運び込んでくれた。それをトニーのベッドのすぐ側に置いて、手を繋いで寝た。

 今日だけは彼の我侭わがままを聞いてあげよう。忙しいリリーの代わりに。

 次第に握ったトニーの手が緩んでいき、静かな寝息が聞こえだした頃、私も目を閉じて眠った。

 久しぶりに夢を見た。私がまだ小さかった頃の夢だ。この時はまだ楽しいことだけ考えていれば生きていけた。不思議なことに、身体は小さくても考えていることは今の私だ。

 隣にはまだ父親がいる。こんな顔だったかな。我ながら薄情な娘だ。そういえばトニーとリリーには両方いなかったな。私はまだ母親がいるだけマシなのだろう。就職が決まって自立するまでは貧乏で苦労したから、父親のいない自分が一番可哀想だと思っていたけど、世の中上には上がいるものだ。夢の中の父親と遊びながらそんなことを考えた。

 今はおぼろげな、幸せだった家族の記憶。こんな夢を見たのはきっと、トニーが駄々っ子になって、私がちょっぴりお母さんの気分になったからだ。母親は私が我侭を言った時、こんな気持ちだったのだろうか。大人になってからは随分我侭を言ってなかったけど、帰ることを中断して恋に走ったなんて我侭、母親は許してくれるだろうか。

 「貧乏すぎて笑っちゃうわ。」

母子家庭になってからの母親の口癖。私はちっとも笑えなかったが。もし帰らなかったら今度は「親不孝すぎて笑っちゃうわ。」と言ってくれるかな。さすがに笑わないかな。

 私は今、元気に生きてます。心配しないで、お母さん。







 目が覚めたら、自分の頭が温かいことに気づいた。見上げると、トニーの手が優しくそこを撫でていた。

「トニー、もう起きてたの?」

まだ夜明けだと言うのに、トニーは身体を起こしていた。

「今まで散々寝てたからな」

トニーの手が頭から離れて行くのが、何となく寂しかった。

「ねえ、寝れなくて暇なら、もうちょっとさっきみたいにしてて」

「え?別に良いけど…。昨日と逆だな」

「そうね、昨日の借りを返してちょうだい。こうしてると、気持ち良いから……」

もう一度彼の手が私の頭を撫で始めると、また眠くなって、今度は夜が明け切るまで夢も見ずにぐっすり眠った。

 再び目覚める頃には、部屋にリリーが来ていた。

「あら、おはよう。昨日はずっとついててくれたんですってね?ありがとう」

彼女の声には、幾分疲れがにじんでいたが、いつもの明るさに戻っていた。

「おはよ。大したことしてないわ。本当についてただけだもの」

私は起き上がって、邪魔な簡易ソファを部屋の隅に移動させた。

 「あ、そうだわ!トニー、リリー、すっかり忘れてたけど、こないだ納豆が完成したのよ」

「へえ、完成したんだ、あの腐った豆」

「ちょっと!あれ腐ってるの?トニーに変なもの食べさせないでって言ったじゃない!」

トニーが語弊ごへいを招く言い方をするものだから、リリーが非難の声を上げた。

「もう、トニーってば。腐ってるんじゃなくて、発酵してるって言ったはずよ?」

「そうだったな。何せ最初に聞いた時のイメージが凄すぎてさ」

「リリー、腐ってないからね」

リリーはまだ疑った目をしていた。

「ちゃんと食べやすいようにタレも研究したんだから、二人には食べてもらうわよ?」

宣言すると、二人の顔が若干引きつった。失礼なことだ。

「ぼ、僕…復帰はいつだろう?早く完治しないかな…ハハハッ…」

「わた、私はトニーが心配で眠れなかったから…お肌ガサガサだし、今日は帰って昼寝でもしようかしら…?」

二人は急におどおどして話題を変えだした。そうは行くか。

「トニー、早く治したいなら健康食品の納豆を食べましょうね?リリー、納豆の豆に入ってる成分は、女性のお肌にとっても良いからぜひ食べてね」

そこまで言うと、反論は返って来なかった。

「明日持って来るわ。一緒に食べましょ?二人が平気そうだったらフォンスさんにも勧めてみるから」

「ちょっと待って。私達で実験する気?」

ここでやっとリリーが反論したので、私は意地の悪い笑みを浮かべながら言ってやった。

「じゃあリリー、あなた達の前にフォンスさんで実験しても良いの?」

「え?そ、それはっ…、あの方で実験なんて……」

「姉さん、さすがに司令官で実験はまずいよ…」

姉弟は今度こそ納豆を食べる覚悟を決めたようだった。


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