年下の扱いは難しいもの(4)
出兵から4日目の昼前、フォンスさんが帰ってきた。
「サヤ、帰ったよ。」
その顔は出兵前夜と同じく浮かない。
「お帰りなさい…。何か、あったんですか?」
洗濯の手を止めて、恐る恐る尋ねた。そして次の言葉を聞いて目眩がした。
「ヴァーレイが、怪我をした…。応急処置で一命は取り留めて、今は王内の治療室にいるが…重傷だ。…大丈夫か?サヤ」
怪我をした…一命は取り留めた…重傷だ…
フォンスさんの言葉がぐるぐる頭を回って、何も言えない。重傷ってどんな怪我?"一命を取り留め"たって、"命に別状はない"とは違うの?
「サヤ!」
両肩を掴まれると共に名前を呼ばれて我に返った。
「落ち着いて聞きなさい。治療術で容態は安定しているが、まだ意識が戻っていない。術師がご家族に詳しく説明するそうだ。彼には確かお姉さんがいたね?」
「…リリーに、リリーに知らせてきます!」
「ああ、頼んだ。王宮の門まで連れて来て欲しい」
震える足に叱咤しながら、私はリリーの食堂へ走った。全力疾走なんてもう何年もしていないから、途中で足首に突き刺すような痛みが走り、間接が悲鳴を上げているのが分かった。こんな時に思うように動かない自分の身体がもどかしい。肺もだんだん苦しくなってきて、咳き込みそうになった時、リリーの食堂が見えてきた。
「リ、リリー!いる?!ゲホッゴホッ…」
「はあい。…何だサヤじゃない。どうしたの?…ちょっと大丈夫?そんなに咳き込んで」
店に飛び込んだ私に、リリーも他の従業員達も驚いた様子だった。
「ナットーができたの?そんなに慌てて試食させに来なくても、逃げたりしないわよ。ちょっと怖いけど…」
「リリー、トニーが…ゴホッ…怪我、したって…」
「えっ?」
「意識が戻ってないから、…家族に…王宮まで来て欲しいって言われたの…」
そこまで言った時、従業員の一人が水を持ってきてくれた。
「…そんなに大怪我なの?」
「ゴクッ…、詳しくは分からないけど、…一命は取り留めたみたい……」
水をありがたくいただいて、ようやく息が落ち着いた。リリーを見ると、今にも泣きそうな顔をしている。
「リリーさん、早く行って来なよ。仕込みは俺達がやっておくから」
水をくれた従業員が、ショックで動けない様子の彼女に言った。
「…う、うん。分かった。お願いね…?行こう、サヤ」
店を出た私達は、また走って王宮に向かった。次は横っ腹が痛くなったけど、そんなこと気にしている場合じゃない。
「ねえ、…ご両親には…知らせなくて…いいの?」
走りながらふと思ったことを聞いた。
「…もう…いないわ。4年前に死んじゃったの」
「え…、そうなんだ…。ごめん……」
「別に…良いわよ。両親に代わって…あの店を…継いだの」
だからトニーもリリーもまだ若いのに、今まで他の家族の話が出なかったのか。二人とも私の思っていた以上に逞しく生きているようだ。
話しながら走っているうちに、王宮の門に着いた。そこでフォンスさんが待っていて、すぐにトニーのいる治療室へ案内すると言った。
「サヤ、一緒に来て?」
リリーが懇願するように私に言った。
「家族じゃないけど…、いいの?」
「意識が無いなんて…、私一人でトニーの容態をちゃんと聞ける気がしない。怖いの……」
「分かったわ。フォンスさん、私も良いですか?」
一応呼ばれているのは家族だ。私も行って良いものなのか、確認を取った。
「家族が良いと言うなら大丈夫だ」
「ありがとう、フォンスさん」
「ありがとうございます」
弟の一大事に、フォンスさんを前にしても、リリーは緊張を忘れてしまったようで、吃らずお礼を言った。
殺風景な部屋で、トニーは静かに眠っていた。腹部に包帯を巻いていて、定期的に術師が治療魔術をかけていた。
「トニー……」
リリーが呼びかけるが目を覚ます気配はない。
担当の治療術師によると、腹部をナイフのようなもので一突きされていて、かなり傷が深く失血が多いため、傷口は術で塞がりかけていても意識は戻っていないそうだ。後は本人の体力次第ということだ。予断は許さない。
フォンスさんは、防御壁が解かれてアメリスタに入った瞬間、いきなりトニーが倒れ、仲間の一人が近寄ると既に血を流していて、誰も刺された瞬間を見ていないと言っていた。報告書には、国境付近は木や草が多くて視界が悪いことから、アメリスタ兵がどこかに隠れていたのかもしれない、と書くことになったそうだ。どこかで奇襲の情報が漏れた可能性も含めて。ただ、奇襲を行う直前まで防御壁が張られていたため、事前にアメリスタ側へ情報が漏れるということは、極めて確率の低いことだと言う。
リリーはフォンスさんに「不注意だった。すまない」と謝られ、泣きながら「そんなこと言わないでください」と首を横に何度も振った。好きな人に謝られるというのは辛いだろう。犯人が誰なのかはっきりしない以上、どこにも怒りをぶつけようがない。責任者はフォンスさんだが、彼のことをずっと好きだったリリーに、八つ当たれと言うのは酷な話だ。
「トニー…早く目を覚まして…。一人にしないで……」
依然顔色の悪いトニーの手を握りながら、ベッドの横で座り込むリリーの肩を抱いて、側にいることくらいしか私にはできなかった。