年下の扱いは難しいもの(3)
起きたら昼だった。今日はフォンスさんを送り出す必要がないから、思い切り寝坊してしまった。
昼まで寝るなんて、向こうの世界の休日と同じだ。ダラダラ何もしない休日。独りだとちゃんとご飯を食べる気にもならず、昨晩はパンと牛乳もどきだけで済ませた。朝起きてもそんなに空腹は感じなかったが、ダラダラしてても仕方がないので台所へ向かった。
隅の方にあるキャンディ状の藁を見て、納豆を作っていたことを思い出した。上手くいけば、そろそろ食べ頃だ。
そっと開いて見ると、タリの表面に白くて薄い膜のようなものが張っていて、フォークですくい上げてみると糸を引いた。匂いも納豆っぽい。
「で、できてる?」
少々不安だったが、思い切って口に入れてみた。
「……、納豆だっ!」
それは食べ慣れたものよりかなり大粒だったが、紛れも無く納豆だった。醤油の代わりに塩を付けて食べたらかなりイケた。そして、自給自足でセカンドライフをしたがる人って、こういう感動を求めているのかなあ、と思った。
納豆に感動したら、急にお腹が空いて、納豆オムレツを作った。懐かしい味に、独りでニヤニヤしながら食べた。
お腹も気分も満足すると、今日はサボろうかと思っていた洗濯もやる気が出てきて、いつもより張り切って洗った。
自分で作るって、時間がかかって面倒だけど、こういうスローライフもまたにはいいものだ。何よりダラけた生活じゃなくなる。作る喜びによって得られる感動には不思議な力があるんだな、と思った。
昨日採って来たトゥーロは、玄関のすぐ脇に植えた。今日は昼まで寝ていたし、洗濯も頑張ったから、ほぼ丸一日バスケットに放置していたのだが、さすが乾燥地帯で逞しく育っているだけあって、まだ余裕でみずみずしかった。
そうこうしているうちにすぐ夕方になってしまった。夕食を作りながら、今日も「お帰りなさい」を言う相手がいないのだということを思い出した。
私達の関係は、フォンスさんにとっては戸籍を使うための、ただの偽装結婚だ。私だけ結婚生活シュミレーションを楽しんでる間に、本気になってしまっただけのこと。私はいつまでこの生活を続けられるのだろうか。フォンスさんは「一生結婚するつもりはなかった」と言っていたが、人の心は移り行くものだ。今後彼に愛する人が絶対できないとは言えない。その愛する人が私じゃなかった時のことを考えると怖くてたまらない。
帰還方法を探すことが最優先のはずなのに、気がついたらフォンスさんの気を引くことばかり考えている。
「駄目だ。私まで堂々巡りに陥っちゃいそう……」
リリーが私のこんな定まってない気持ちを知ったら、きっと激怒するだろう。でもどうしようもないのだ。私はフォンスさんに何と言ったか。「開き直れ」と言ったはずだ。大分年食っちゃって今更だけど、行き詰まった帰り方探しより、開き直って目の前の恋に突っ走ってみてもいいかな。
「そのためにもガッチリ胃袋を掴んでおいて、私がいなきゃ駄目って思わせなきゃ」
肉野菜炒めを作りながら、レパートリーを増やすことを考えた。だって他に勝負するところがない。料理に関しては、食堂経営者のリリーはかなり手強そうだけど、食文化の多彩さで対抗するしかない。あとはお肌のお手入れも欠かさないこと。"色白は七難隠す"だ。七難どころか九難も十難あるけど、きっとトゥーロの潤いが隠してくれるはず。
自分が幸せになれる方を取れ。
今の私にとって幸せなのは、フォンスさんと一緒にいること。
帰還方法は、玉砕してから探します!