年下の扱いは難しいもの(2)
今回の出兵には第3隊が行くらしい。トニーのいる隊だ。出兵の朝、フォンスさんに、トニーも行くのかと聞いたら、今回の任務に彼も選ばれていると言われた。
「大丈夫かな…。」
トニーの兵士としての実力は知らないけれど、あの天然天使を思い出すと、一抹の不安を覚えた。
「本当に心配。あの子、ちょっと抜けてるところがあるから」
姉からしても不安のようだ。
今朝、リリーはとうとうフォンスさんの前に出て来た。私に用があるという設定で。
かなり挙動不審になっていて、「ダントールさん」と呼ぼうとしたのに「タンドールさん」って言ってて面白かった。タンドールって、そりゃインドの壷窯型オーブンだ。タンドリーチキンが焼けてしまう。
その後も完全に吃ってしまい、フォンスさんは彼女が何を言ってるのかあまり分かっていないようだったが、どうにかトニーのお姉さんだということだけは伝わったらしい。「彼は真面目でよく頑張っている」と言ってもらえて、リリーは自分のことのように喜んでいた。
今日は昨晩から水で戻しておいた納豆用のタリを煮る日。鍋でコトコト煮たのだがこれがけっこう時間がかかった。枝豆だと早く茹で上がるのに、何で大豆になるとこんなに面倒になるんだろう。同じ豆の成熟か未成熟かってだけなのに。結局昼過ぎまでかかってしまった。
茹で上がったタリを、リリーに貰った藁でキャンディみたいに包んで、直射日光の当たらない台所の隅に置いた。
「上手くいくかな。テレビではこうやって作ってたけど、実際やったことなかったからなあ。納豆なんて自分で作るより買った方が遥かに安いし」
ウキウキする半面、することがなくなってしまって、何となく落ち着かない気分になった。
フォンスさんやトニーはもう行っちゃったのかな。
3、4日で戻るって言っていたけど、今日はもう帰らないと分かっただけで、広いこの家がガランとした寂しい雰囲気に感じられる。元の世界では一人暮らしなんて平気だったというのに、こちらではたった数日間、フォンスさんが家を空けるだけで不安になる。
早くも依存症になっちゃったのかも。いけない、暇だから色々考えてしまうんだ。何かすることを…。
考えた末、こないだから顔に塗っているアロエもどきのトゥーロを、一々郊外まで採りに行かなくてもいいよう、株ごと採ってきて庭に植え替えることにした。
街を歩いていても、人々は出兵のことをまるで知らないかのように、いつも通りだった。郊外側はアメリスタとは反対方向だし、フォンスさんが昨日チラッと「奇襲をかける」と言っていたので、大々的なものではないからかもしれない。
郊外に着いて、なるべく大きそうなトゥーロを選ぶと、持ってきた片手スコップで根元を丁寧に掘った。
乾燥した大地は固く、中々スコップが入らなかったが、根気よく削っていくと、下の土ごと綺麗に取れ、それを大きめのバスケットにそっと入れた。
「トゥーロはそんなに良かったのかい?」
後ろでトリフさんの声がしたので私は振り返った。
「けっこう良かったわ。日焼け跡に塗ると気持ち良いし」
「本当か!?俺もやってみようかな。ここの日差しはシャレにならないからさ」
言われてトリフさんの顔をよく見ると、フォンスさんほどではないが、鼻の頭が薄く赤みを帯びていた。
「焼けて痛いならやってみるといいんじゃない?ナイフで皮をむいて、中の半透明の部分を塗り付けるだけだから簡単よ」
「へえ、そうかい」
やり方を教えると、トリフさんは早速トゥーロを折り、皮をむき始めた。
「男の人なのに、器用なのね?」
彼の手元を見て言った。節くれだった大きな手で、私より綺麗に早くむいているのだ。
「ハハッ!似合わないか?外国を旅するには嫌でも器用にならなきゃ、船の上で飢え死にしちまうさ」
「それもそっか。私より早いからびっくりしたわ。ちょっと自信なくしちゃうかも」
トリフさんは私の言葉にまた笑うと、綺麗にむいたトゥーロを鼻の頭に塗った。
「おっ?本当に気持ち良いな。でも男がちまちまこんなもん塗ってたらおかしくないか?」
「そんなことないわ。男の人だって痛いものは痛いんだもの。日焼けは火傷と一緒よ」
「そうだな。俺もしばらく塗ってみるわ」
トリフさんはトゥーロの使い心地が気に入ったようだった。
もうすぐ夕方になる。気がつくとけっこう時間が経っていた。早く帰ったって今日は一人だけど、暗くなる前に帰った方が安全だ。ここは日本じゃない。
私はトリフさんに別れを告げると、足早に家へと引き返した。