年下の扱いは難しいもの(1)
「小麦の茎、貰ったわよ」
うちに来るのが日課となってしまったリリーが、例の物をとうとう持ってきてくれた。
「収穫の時期は過ぎてたらしくて、乾燥してるけどいいの?」
「ありがとう!乾燥してる方がいいの。さすがリリーちゃんね!」
「そのリリーちゃんって……、背筋が寒くなるんだけど」
リリーが持ってきたのは、ちゃんと乾燥して藁になったもので、量は片手で軽く抱えられるくらいだった。
「これで納豆っていうネバネバしたのができるんだけど、完成したら食べる?」
「そのネバネバしたって表現が嫌だわ」
そんなこと言われても、他に言いようがない。臭いがあるとか、発酵してるとか言ったら、多分トニーみたいに「腐ってる!」と言うだろう。
「食べたら美容に良いのよ」
「ほんと?!じ、じゃあ、ちょっと怖いけど食べてみる……」
「そう来なくっちゃ!姉弟揃って食べてもらうわよ?」
醤油がかけられないのが残念だけど、そのままでも十分食べられる。初めて食べるトニーとリリーには、塩ダレでも作った方が食べやすいかな?納豆に合いそうなタレを研究しよう。
「あの変な液体は、もうちょっとかかりそうだわ。じゃ、また来るわね」
リリーはにがりのこともちゃんとやってくれてるようだ。ストーカーだけど、こういうところは食堂の経営者らしく、しっかりしていると思う。
「また来るって、毎日来てるじゃない」
「毎日拝見しても飽きないわ。あなたもそうでしょ?」
「え?」
リリーが言ったことの意味が分からなくて聞き返した。
「え?じゃないでしょ。ダントールさんと毎日一緒にいれるのに、見飽きたなんて言ったら怒るわよ。」
「リ、リリー、何で……」
「何でって、あんな素敵な方と暮らしていて、惹かれない方が信じられないわ。乙女の勘よ」
ストーカーの勘は恐ろしい。根拠もなく私の気持ちを当ててしまった。ただの猪女じゃなかったのか。ディクシャールさんといい、リリーといい、強烈なキャラで分からなかったが、実は鋭い人間だったようだ。
「今は興奮しちゃって話しかけられないけど、いずれあの木の後ろから出て、私の存在をアピールするつもりだから、覚悟しといてよね?」
鋭くても考え方はストーカーだ。ちょっとおかしくて、噴き出してしまった。
「何よ、笑うなんて失礼ね。」
「ごめん。でもアピールするのは構わないけど、木の後ろから出るっていうのはやめた方がいいわ。一応うちの庭に勝手に入り込んだことになるんだから、まんま変質者よ」
「それじゃあ…どうしたらいいのよ」
リリーは天然かな。トニーのお姉さんだし、有り得る。
「門を入ったら、普通に玄関から尋ねてくればいいじゃない」
「そんな大胆なっ!あ、でも…変質者なんて思われたくないし…。明日からやってみる!」
いずれって言ってたのに、明日からアピールするのか。でも明日と言えば……
「ねえ、昨日フォンスさんが言ってたんだけど、明日から出兵だそうよ?」
「ええっ!?何で先にそれを言わないのよ!出兵ってアメリスタ?いつ戻るか言ってた?」
リリーは矢継ぎ早に聞いてきた。
「国境辺りだから、3、4日って言ってたわ」
「そう、大丈夫…よね?」
不安がる彼女の気持ちはよく分かる。私も同じだからだ。でもここで二人とも不安がっていても何にもならない。
「大丈夫よ。根拠なんてないけど、惚れてる私達が信じないで、誰が信じるの?」
「……そうね。私達が一番信じてなきゃ駄目よね」
「そうそう。フォンスさんのこと、普段あれだけ崇拝しておいて、肝心な所で弱気になってちゃリリーらしくないわ。私まで気が滅入っちゃう」
そう言ったら、やっとリリーは笑った。
「あなたはライバルだし、一緒に住んでる分かなり強敵だけど、良い友達になれそう。また来るわね」
いつものセリフを残して帰って行った彼女の背中を見ながら、昨日までとは別の種類のため息が出た。
リリーは猪女だけど、根はトニーと一緒で、素直ないい子だ。想いが有り余ってしまって奇行に走ってるだけなのだろう。彼女はきっと良い奥さんになる。好きな人の全てを受け入れて、幸せな家庭を築けるだろう。
私は…フォンスさんが好きなのに、何の覚悟もできていない。フォンスさんと結ばれるということは、元の世界に帰るのを諦めるということ。でもまだ諦めることができないでいる。こんな状態でリリーがアピールしてきたら、私はまともに張り合える気がしない。
ちっとも強敵なんかじゃないよ、リリー。私は今、宙ぶらりん。