嫌なことは重なるもの(3)
エンダストリア王国はここ3年ほど戦争が続いている。相手はアメリスタ公国。
元々エンダストリアの領土だった地方の一部を、公爵であるアメリスタ家が治めていたが、次第に私軍と莫大な財力を有するようになり、今から20年ほど前に半ば強引ではあるが公国として認められた。今回の戦争は、一貴族としてはあまりにも力を持ち過ぎたアメリスタ公国が独立を求めたことを、エンダストリア王国が拒否したことから始まった。
「現在エンダストリアは劣勢だ。アメリスタは公国となってから20年、独立に的を絞って軍を拡大してきた。その軍事力に魅せられ、エンダストリアからアメリスタに寝返った者も少なくない。地下で少し話したが、劣勢の中で軍幹部の戦死が相次いで、統制が取りづらくなっている。それだけではない。王子殿下も2人は戦、1人は病で続けざまに亡くなられた。残るお世継ぎは幼い末王子殿下のみだ」
「…そうなんですか…」
お国の事情を聞いても冷めた反応しかできなかったが、完全な他人事だから仕方ない。
「ええと、ダントールさん、でいいですか?」
「ああ、好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあダントールさん、この国の事情は分かりました。それと私が召喚されたことと、どういった関係が?」
嫌な予感がひしひしと感じられるから聞きたくないけど、ちゃっちゃと話は済ませたい。
それにベッドから直行便で召喚されたのだ。当然裸足である。この部屋に来るまでに足の裏が汚れてしまって気持ち悪い。一応、高級そうな絨毯の上にどっかり置かれている、ふかふかのソファに座らせてはもらっているが、雰囲気からして話が終わらないと靴も借りれそうにない。。
「そうだな。何とかこの状況を打開するために、宮廷術師達が200年以上前の魔術について書かれてある文献を持ち出したんだ。後ろに控えている彼らがそうだ」
言われて振り返り、……まだいたのか、と思った。さっきからダントールさんしか喋ってなかったから、他の人達のことは思い切り忘れていた。自己紹介もダントールさんしかしてないし。
宮廷術師と呼ばれた人達は、鎧は付けずに、くるぶしまでの長い貫筒衣を腰の所だけベルトで留め、シンプルな革の平靴を履いていた。顔立ちは皆ダントールさんとは違い、髪や瞳は黒や焦げ茶で、どちらかというとラテン系だ。何故ダントールさんだけ色素の薄い北欧系なのか、気にはなるが今は他人のことより自分のこと。話を先に進めよう。
「召喚についての説明は術師である私からさせていただきたい」
存在感無しだった術師の1人がそう言って歩み出た。
「わかった」
ダントールさんが了承すると、術師その1は私の側まで寄って来た。
「宮廷術団筆頭術師、ルーゼン・バリオスと申します」
「はあ…どうも」
筆頭術師ということは、どうやら術師その1ことバリオスさんもおエライさんらしい。彼は線の細い40歳前後のおじさんだ。
「今から208年前、エンダストリアは建国されました。その時に書かれた文献を調べたところ、異界より救世主を召喚し、その知識を以って劣勢だった戦を勝ち取り王国を築いた、と。どのような知識だったかは書かれておりませんでしたが」
知識か。戦争に役立つといえば物理か、はたまた化学か。生憎文系の大学だった私はどちらも管轄外だ。
「建国以来、今のような苦しい戦況に置かれることがなかったことと、召喚術はかなり大掛かりな魔術で、術師の消費魔力が激し過ぎるため、ほとんど禁術に等しくなっておりました」
いや、消費魔力が激しいとかじゃなくて、人道的な問題で禁術にした方がいいと思う。違う世界から勝手に人を呼び出すなんて。
それにしても、さっきから術師その2、3、4、5が全く喋ってないのは魔力を使い過ぎて疲れたからなのだろうか。よく見ると皆一様に少し顔色が悪い。魔力を消費すると存在感まで薄くなるのか。バリオスさんも薄っすら目元に隈があるし、声に張りもない。
「私達はこの文献に賭けようと思いました。異界の知識がエンダストリアを築いたのなら、エンダストリアを救うこともできるかもしれないと…!」
話しながら段々興奮気味になってきたバリオスさんは、ひざまずいて私の手を己の両手で強く握った。
「お願いします。アメリスタを退けるための知識をお与え下さい!」
やっぱりそう来たか…。