矛盾したら開き直るもの(4)
翌日の昼前、私は王宮に来ていた。トニーに借りた教本を返すためだ。門番の兵士に聞くと、トニー達下級兵士は、私が召喚されてから数日間使っていた部屋のある棟の近くにいると言われたので、早速行ってみた。
そこではトニーの同僚と見られる若い兵士達が、座り込んだり会話をしたり、各々休憩を取っていた。
トニーの姿を探していると、数人の兵士がこちらへやってきた。
「誰かに用かい?」
「ええ、トニオン・ヴァーレイって子なんだけど」
トニーの名前を口にすると、兵士達はヒューッと囃し立てるように口笛を吹いた。
「な、何なの?」
「あんたがサヤなのか」
何だかルイと似たような反応だ。
「あの、何で知ってるの?トニーが広めてるの?」
「広めるっていうか…なあ?」
「ああ、広まっちまったって感じだよな」
兵士達はお互い顔を合わせてニヤニヤしている。
「どういうこと?」
「どうもこうも、トニーとキートさんであんたを取り合ってるんだろ?おとといの夜は凄かったぜ」
「は、はあ?!」
ちょっと待て。一体何がどうなったらそんな話になるんだ。
「私、おとといは魔術の教本を借りただけよ?」
「そう、まさにそれさ。"サヤに勝手なことしないでください!"」
「じゃあ俺キートさんな。"困ってたから教本貸すって言っただけだろ?"」
「"可愛いって言ったんでしょう?!"」
「"思ったことを言っただけじゃないか"」
ここでルイ役の兵士が、やれやれ、といった感じに肩をすくめて首をふった。ああ、ルイならやりそうだ。物まね上手いな。
「"勝手に口説かないでくださいって言ってるんです!"」
「"別に君の恋人じゃないだろ"」
「"うっ、と、とにかく!教本は僕が貸しましたから、キートさんの貸してくださいよ!"」
「"それこそ勝手なことだろ?何で切れながら頼まれなきゃいけないんだよ"」
まずいな。どうやら、私が何も考えずに言ったことで言い合いになったようだ。でもこれ、取り合いって言えるのかな。それにしても、"可愛い"って言われるのはトニーの方が嬉しいって言ったのに、何をそんなに怒る必要があるんだ。その前に、規律の厳しい軍で、先輩にあんな食って掛かって大丈夫なのだろうか。
「それで、トニーは教本借りれたの?もうすぐ試験なんでしょ?」
ようやく寸劇が終わったところで私は言った。
「ああ、結局キートさんが大人になって、貸したみたいだ」
「ま、俺達周りから見てりゃ、最近は全く女っ気がなかったトニーの奴が珍しく女の話してたのを、手の早いキートさんがちょっかい出したって感じだったからよ、皆トニーの味方に付いたからキートさんが折れるしかねえよ」
ちょっと待て。今聞き捨てなら無い言葉があったぞ。
「ねえ、皆味方にって、その喧嘩に皆も入ったの?」
「おう!盛り上がったぜっ!」
"おう!"じゃねえ!!揉め事を盛り上げるなよ!何なんだ、この小学校のようなレベルは……
「そう…、分かったわ。とりあえず教本返したいから、トニーの居場所を教えてくれる?」
何てことしてくれたんだ、トニー。あんまり私の話題で派手なことしないでくれ……
「サヤ!」
トニーが掛けてきた。こないだまでは天使のような癒し系見えた笑顔も、今は憎たらしく見える。
「トォニィー?」
「な、どうしたんだよ、そんな怖い顔し…あいたたっ!耳っ、耳痛いって!」
「あんまり話題にされると、恥ずかしいって言ったじゃない」
反省するまでこの耳は放してやらない。
「えっ?あ、ごめん!ごめんって!」
「ホントに分かってんの?」
「分かってるって!キートさんと言い合ったことだろ?」
一応は分かっているみたいなので、手を耳から放してあげた。
「勘弁してよね。さっきもトニーを探してただけなのに、知らない人達が私のこと知ってるんだもの」
ご丁寧にも物まね付きで、トニーのやらかしたことを説明してくれるもんだから、話題にされてるこっちは恥ずかしいことこの上ない。
「ちょっと派手だったかなあ。気がついたら皆周りに集まって来てさ」
「ちょっとじゃないわよ。私のことを、ルイと取り合ってるってことになってるし」
「いやそれは…あ、うん。ごめん」
トニーは肩を丸めてしょぼくれた。妙にその姿が可愛く見えて、まあいいか、という気持ちになった。
「しょうがないなあ、もう。はいこれ、ありがとう。助かったわ」
「もういいのか?」
「うん。魔術の基本的なことが知りたかっただけだし。それに、私には魔術の才能はないみたい」
教本を差し出すと、一瞬トニーの指が私に触れた。
「あ……」
次の瞬間、教本を持った手が温かいものに包まれた。トニーが私の手を握ったのだ。
「トニー、手…」
「サヤ……、黙ってじっとしてて」
「え?」
トニーが口の中で小さく呟いた。意図をはかりかねていると、私のすぐ後ろで誰かが立ち止まった。
「やあ、仲良いね」
ルイの声だ。振り返ろうとしたら、トニーが引き止めるように手を強く握ったので、そのまま様子をみることにした。
「そうですキートさん。仲良いんですから、邪魔しないでくださいよ」
「酷いなあ。サヤを独り占めかい?僕にもチャンスをくれよ」
その時、突然トニーが私の手を引いて、胸に抱き寄せた。
「チャンスも何もありません。今僕が口説いてるんで、邪魔しないでくださいって言ったんですが」
それを見たルイは、先程の兵士達がしたように、口笛をヒューッと吹いて意外そうな顔をした。
「残念。もうそんなに進展してたのかい?それじゃ仕方ない。サヤ……」
呼びかけられて振り返ろうにも、またトニーが肩の手にぐっと力を込めて止めるのでできない。
「こいつに愛想尽かしたら……」
ルイが近くに来る足音が聞こえたと思ったら、グイッと顎を捕まれ、横を向かせられた。すぐ側にルイの顔があって、思わず息を止めた。
「俺の所においで」
それだけ言うと、ルイは去って行った。
ようやくルイの気配が消え、見上げると、トニーが悔しそうな、泣きそうな顔をしていた。
「トニー?」
「あ、ごめん……」
声をかけて、ようやく私はトニーの胸から解放された。
「どうしてあんなことしたの?」
「……」
トニーは下を向いて黙った。
「ねえ、ルイって気さくな先輩なんでしょ?あんな言い方、まずくない?」
「……、キートさんは気さくだよ。同期にも、僕ら後輩にも。でも、女癖は良くないんだ。噂もあまり良いものは聞かない。僕が女の子の友達ができたって、浮かれて騒いでたのが悪いんだけどさ。まさかサヤに直接会ってしまうなんて思わなかったから…。なあ、キートさんは駄目だ。サヤみたいな子に付け入るのが上手いんだよ、あの人」
私みたいなって、トニーには私がそんなに頼りない子に見えているのか。ちょっとショックかも。確かにエンダストリアの事は何も知らなかったけど、彼の前ではお姉さん風吹かせてるつもりなんだけど。
私の心中なんて知らないトニーは、更に続けた。
「僕はサヤに嫌な思いをしてほしくないんだ。キートさんにはあまり近づかないで。僕が守るから、信じて!」
"僕が守る"なんて頼もしい殺し文句、私に使っていいのか?それにしても、トニーの中では、私はルイに口説かれたらコロッと行っちゃうこと決定のようだ。んなこたあない。女癖が悪いと分かっていれば、ちゃんとあしらえる。でもまあ、後輩には良い先輩みたいだから、下手に私が何か言うより、極力接触を避けた方がいいだろう。
「分かった。トニーは私がここで一番最初に仲良くなった人だもの。信じるに決まってるじゃない」
「サヤ……」
トニーが照れ臭そうに笑うから、私も何だか照れ臭くなって、一緒に笑った。
その時、また私の後ろで誰か立ち止まった。
「またお前か、小娘。王宮は逢い引きの場じゃないんだぞ」
またお前か性悪うさぎ。何でこんなしょっちゅう出くわすんだろ。
「逢い引きではございません!友人に悪い虫が付きそうになっていたところを追い払っておりましたっ!」
司令官を前に一瞬で直立不動となったトニーが言った。
ディクシャールさんは最初呆気に取られた顔をしたが、そのうちにクツクツと笑い出し、終いには大笑いした。
「生意気な小娘の友人なだけある!言うことが突飛だな!」
「はっ!ご指摘ありがとうございます!」
「何と言う返事の仕方だ。面白い奴だ」
トニーを何故か気に入った様子のディクシャールさんは、そのまま大笑いしながら行ってしまった。
「トニー、あなたあのディクシャールさんを笑わせるなんて、凄い才能ね……」
「司令官は何で笑うんだろう?」
天然なのか、トニーは首を捻って、自分が司令官に笑われた理由を考えていた。