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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
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矛盾したら開き直るもの(3)

 「他に何か要るもんはないかい?」

トリフさんに言われて、最近ちょっと気になる事を思い出した。

「化粧水ってない?」

 こっちに来てから、基礎化粧品類がないのだ。フォンスさんに尋ねたら、彼は使ったことはないが、乾燥が気になる所に植物性の油を伸ばすらしいということだそうだ。でも私が求めているのは、潤いを留めるだけでなく、補った上で留めたいのだ。できれば美容に良い成分入りで。お分かりだろうか、だんだん乾燥が酷くなってきていると、嫌でも実感しちゃう年の肌事情が。

 「何だそれ?」

「ええと、顔の乾燥を防ぐものなんだけど、油じゃなくて、水っぽいやつ」

 化粧水の説明って案外難しいかも。

「油じゃないのか?水っぽいのは聞いたことないな」

「トーヤンでもないの?」

「うーん…、貴族の女にでも聞けば分かるかもしれないが、俺は庶民で男だからなあ。油も使わないし」

やっぱり男の人じゃ分からないか。さっきリリーに聞いておけば良かった。

「ああ、分からないならいいの。ごめんなさい」

「顔に塗る油なら、あそこにいるオヤジの店に確かあったな。そっちで聞いてみな」

「そう?ありがとう」

 トリフさんに言われた店のおじさんに聞いたら、化粧水のたぐいは、保存が効かず高価で、トーヤンでは上級貴族しか持てないそうだ。そしてエンダストリアでも庶民の市場しじょうでは見かけないため、無いかもしくは簡単には手に入らないだろうということだった。物を選ばなければ安い化粧水が溢れている、日本のようにはいかなさそうだ。

 保存料って何て言ったっけ…パラレル?いや、パラベンか。あんな化学物質がこの世界にあるはずないだろうな。

 軽く落ち込みながら帰ろうとすると、露店を少し外れた所に、サボテンのようで違うような、よくわからない植物があるのを見つけた。この辺は砂漠が近いからか、草があまり生えていない。そのため、濃い緑のサボテンもどきがかなり目立っていた。

 近くに寄って見てみると、所々にとげがあり、アロエをもっと肉厚にしたような形の葉をしていた。

 「ん?アロエ?サボテン?どっちだろ」

辺りを見渡すと、同じ物が数個ずつ固まって、至る所に点々と生えていた。

「何かあったのか?」

私が座り込んで首を捻っているのを気にしたのか、トリフさんがやってきた。

「これ、何の植物か知ってる?」

「確かトゥーロだったかな。この辺の乾燥地帯によく生えてるぞ」

アロエと似たものだったらラッキーだ。あれは確か、細胞の自然治癒力を高めるとか何とか、聞いたことがあるから、化粧水代わりには持ってこいだ。しわを気にして色々調べた知識が、ここで役に立つとは思わなかった。

「毒性はない?」

早速腕とかに塗ってみて試すつもりだが、一応害がないか聞いといた方がいい。

「ないとは思うけど…何?食うの?」

「違うわよ。私の知ってる植物と似たものだったら、お肌に良いはずなの。化粧水はなさそうだから、毒性がないなら試してみるわ」

毒性なしの確認が取れたから、葉の何枚かを折った。折口からトロッと透明の液体が出て来る。中身は半透明でますますアロエっぽい。

 私は液が垂れないよう、折口を上にしてバスケットに入れると嬉しくなって、スキップするように家へと帰った。







 急々(いそいそ)とナイフを出し、トゥーロの皮を剥く。青臭い匂いとプルップルの果肉が、もうアロエそのものにしか見えない。

 日焼け止めがなくて赤く焼けてしまった腕に塗り付けると、ひんやり心地良く、すっと染み込んでいった。中々いい感じだ。しばらくすると、焼け跡のヒリヒリ感が少し引き、その後夕食の準備に取り掛かったが、塗った腕に湿疹やかぶれが出ることはなかった。

 「おっしゃあーー!!」

「どっ、どうした!?何があった?!」

嬉しくてつい叫んでしまったら、ちょうどフォンスさんが帰ってきたようで、台所に血相を変えて飛び込んできた。

「あ、おかえりなさーい!」

「ああ、帰っ…じゃない、叫び声が聞こえたんだが、何があったんだ?」

珍しく息を切らしながら慌てた様子のフォンスさんを見て、何か勘違いされていることに気付いた。

「何があったかと言えばですね、顔に塗る油のことを今朝聞いたじゃないですか?もっと美容に良さそうなのを見つけたんです。試してみて良かったから、喜びの叫びをあげたんですが」

「……び、美容?はあー、良かった…。君の身に何かあったのかと思った」

こんなに必死で心配してもらったのはいつ以来だろう。覚えているのは、小さい頃門限を大幅に遅れて帰った時、警察に行く寸前だった母親に、泣きながらどつかれたことくらいだ。

 少し汗をかいて胸を撫で下ろしているフォンスさんを見て、嬉しくてムズムズするような気分になった。

「あ、フォンスさんの腕と鼻、真っ赤じゃないですか」

「いつもこんなものだ。ネスルズの者とは肌が違うからな。日に当たるとすぐにこうなる」

近くで見ると、赤くなった所にそばかすが散らばっていた。長年肌にダメージを受けてきた証拠だ。

「ヒリヒリするなら、私が今日採って来たトゥーロの果肉を塗り付けると、治まりますよ。さっき自分で試しましたから」

「そうなのか、トゥーロにそんな効果が…。ありがとう。…君は料理と言いトゥーロと言い、思いがけないことを考えつくのだな」

そうか。食文化や美容が多彩でなければ、エスニック風煮豆もアロエもどきのトゥーロも、思いがけない突飛なことなのだろう。生で食べるはずの黄色いトマトもどきをあえて煮てみる、その辺に生えてるトゥーロを日焼け跡に塗ってみる。予備知識がなければ、普通はしないことだ。それは私が"納豆を最初に食べた人の勇気ってすげー!"と思っているのと同じことなのかもしれない。

「私が考えついたんじゃなくて、私のいた世界では昔からやっていたことなんですよ。トゥーロはアロエっていう植物に似てるんですけど、アロエは火傷とかで肌を痛めた時や、乾燥した時に塗るとよく効くんです。代用品を探しただけです」

「代用品…か。君の世界では普通にあるものが、ここでは探さなければならないのか。不便な思いをさせてしまった」

言い方間違えたかな?そういう意味で言ったんじゃないんだけど。まったく、この人はよく気が回る分、気にしなくて良いことまで気にして損をするタイプだ。

「不便というか、世界も文化も違うなら、無くても当然だと思ってますから。フォンスさんには、こうやってちゃんと寝て食べて生活できるようにしてくれたことを、感謝してます。私はこの世界じゃ、路頭に迷ったり、前にディクシャールさんが言ってたみたいに消されても、誰も悲しまないような存在だったんです。それが今、悲しんでくれそうな友達ができて、料理や美容に気が回るようになったのは、ここでお世話になってるから。あなたがそのチャンスをくれたんです。これでも、暮らしやすいように工夫するの、楽しんでやってるんですよ」

 ここでの生活費にどれくらいかかっているのか、食費くらいしかわからないけど、全てフォンスさんから出ている。世話になっておいて言うのも何だが、最近まで存在自体知らなかった相手に、よくそこまでできるもんだと思う。この場所を生かすも殺すも、後は私次第なのだ。フォンスさんが気に病むことではない。

「しかし、エンダストリアには関係のない君を、勝手に召喚して巻き込んだのはこちらだ。せめて、なるべく不便のないようにしたいんだ」

「まあ、勝手に召喚されたのは本当ですけど、それは今更仕方のないことです。召喚のことはバリオスさんともちゃんと話しましたし、フォンスさん、前に言ってたじゃないですか。スカルに帰れなくなったのは運が悪かったって。私も同じように思ってます。そうでないと、前に進めませんから」

すぐに帰れないのはよくわかっている。それなら少しでも快適に暮らせるように頑張るのが正解だ。諦めたわけじゃない。でも、あがくための地盤がないと、何もできない。少しずつ、自分のできることから始めて、一歩一歩進むしかないんだ。

「そうか。君が苦痛に感じていなければいいんだ。昔の私のような思いはさせたくない」

「フォンスさんは、苦痛だったんですか?」

「……」

フォンスさんは答えず、ただ寂しそうに微笑んだだけだった。

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