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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
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矛盾したら開き直るもの(2)

 結局、初心者向けの本では、召喚術について知ることはできなかった。まあ、当たり前なのだが。しかし、基本的に存在する魔術は3種類であると分かったことから、おそらくバリオスさんは、ここから応用するなり何かを付け加えるなりして、召喚術を組み上げたのだろうという考え方もできる。そして、魔術に地域が関係しているということは、もし帰るのならネスルズでないと、世界と世界を繋ぐことは難しいということだ。誰かバリオスさん以外に、魔術に詳しい人を探すべきかもしれない。

 そういえば、私の翻訳ピアスはどういう応用で作られたんだろうか。少し興味が湧いたが、バリオスさんが作ったのだから、きっと恐ろしいほど難しい理屈だろう。頭がパンクしそうだから、このことはスルーしておこう。ベッドに入っても、色々考えてしまって、また寝付けなかった。

 そして次の日の朝。

 今日は買い出しの日である。昨晩やっと笑顔が戻ったフォンスさんは、一人で大丈夫かと心配しながら出勤して行ったが、買うものと言えば長期保存のきかない牛乳もどきや肉類、それから主食のパンくらいだ。たいした荷物にはならないし、道も覚えているから問題ない。

 毎食使うパンは買いに行くとキリが無いし、郊外は遠いから、いずれ家で焼けるようになるつもりだ。ネスルズには便利なドライイーストは売っていないから、自然種をただ今作成中なのだ。小麦粉を水でこねて、瓶に入れ密封し、常温で放置。次の日に粉と水を足してこねて密封し、また放置。これを繰り返して種が完成すれば、ドライイーストがなくてもパンが焼けるのだ。多分ネスルズのパン屋さんも同じ方法で焼いているのだろう。難点は、使えるまで一週間くらいかかること。フォンスさんに喜んでもらうためにがんばるぞ!

 そして今日も来た来た猪女。

「いつ見ても凛々しいお姿だわあ」

「毎日よく来るわね……」

「ここへ来たら毎日拝見できるんですもの。幸せよ」

イヤミも通じやしない。悪い意味で裏のない人間だ。

「あ、そうだ。ねえリリー、この辺に小麦を栽培してる所はない?」

パン作りもだけど、納豆作りもちょっとずつ進めていきたいのだ。

「栽培?うーん、ネスルズを北に抜けたところの、トリール村に行けばあると思う。あそこはここより水が多いから。でもかなり遠いわよ」

「遠いって、どれくらい?」

「往復すれば半日以上かかるんじゃないかしら。小麦がどうかしたの?」

残念だ。そんなに遠いなら、買い出しついでには行けないな。

「私の故郷の食べ物を作りたいんだけど、小麦の茎が必要なの」

「ふーん。…あ、そうだわ!リリー食堂御用達ごようたしのパン屋のご主人が、何日かごとに小麦を仕入れにトリール村へ行くのよ。頼んどいてあげよっか?」

「ほんと?!ありがとう、お願い。量は少しでいいの」

よく考えれば、食堂をやっているリリーは、毎日仕入れをしているだろうから、食べ物の流通には詳しくて当然だ。じゃあにがりのことも聞けるかもしれない。

 「ね、リリーちゃん」

「何よ急に、気持ち悪いわね…。年下にちゃん付けされたのは初めてだわ」

日本食作りのためだ。ストーカーにも揉み手くらいして頼みますよ。

「ここって塩は海水から作ってる?」

「岩塩が主だけど、海水のもないことはないわ」

「海水の方を作ってるとこ知らない?」

一応はあるんだ。はっきり言ってにがりを自分で作るのは、かなり骨が折れるからなあ。作ってるところで分けてもらうのが一番いい。

「…もしかして、それも故郷の食べ物作るため?」

「うん。海水を煮詰めて、最後にろ過した時に取れる液体が要るの」

「変なものが要るのね」

変なものって…まあ、使わない地域の人ならそう思うかもしれない。ほんとリリーは思ったことをハッキリ言ってくれること。私も彼女に対してはそうだけど。

「それが欲しいのね。いいわ、うちは岩塩使ってるけど、知り合いの伝手つてを使って何とかしてみる。それで小麦の茎と変な液体で何ができるの?」

「納豆っていうネバネバの豆と、豆腐っていう白くて柔らかい塊」

「…えー?あんまり美味しそうじゃないんだけど」

リリーは不審そうな目つきで言った。例えが悪かったかな?でも他に言いようが無いし。

「納豆はトニーにも食べさせる予定よ」

「あなた、うちの可愛い弟に変なもの食べさせないでよ」

「失礼ね。ちょっと癖はあるけど、健康食品なんだから。まあ、豆腐の方が無難に食べれるかもね」

 グローバル化していないこの国で、他国の食文化を手放しで受け入れるのは難しいみたいだ。

「じゃあ、できあがったら、そのトーフって言う方、試食させて?」

「もちろん。材料を集めてもらうんだから、そのくらいするわ」

良かった。案外楽に材料が手に入りそう。持つべきものはストーカー…じゃない、友達だ。






 リリーが帰ったあと、私は郊外の露店でパンや肉等を買い、最後に高級珍味ことチカジ・トリフの所へ行った。

「おう、いらっしゃい」

「こんにちは。またタリをくださいな」

 こないだ買ったタリは使ってしまったのだ。しばらく置いておこうと思っていたが、フォンスさんの胃袋を掴むべくレパートリーを増やそうと、煮豆にしてしまったのだ。勿論、醤油はないので、複数のスパイスと、トマトに似た味の黄色い野菜を潰して一緒に煮込んでみた。すると、インド料理店にでてきそうな、エスニック風の煮豆ができた。黄色いトマトもどきは、エンダストリアで普段生で食べられていたらしく、煮込んだものは最初こそフォンスさんもびっくりしていたが、馴染み深いスパイスが効いていて、けっこう口に合ったみたいだった。

 「ほらよ、ありがとな」

「どうも。そういえばトリフさんは、どうしてわざわざこんな遠い国で商売してるの?」

「ああ、トーヤンからここへは海を越えなきゃならないだろ?ガキの頃からずっと海の向こうを見てみたかったんだ。親父はトーヤンで商売やってるんだが、跡を継いでも海を越えて外国なんて行けないからさ。夢ばかり見てても仕事しなくちゃ食っていけないし。でもすぐに諦め切れるような夢じゃなかったから、外国相手の商売をやったら、海も越えられて、おまけに稼げるんじゃないかって思いついたんだよ」

トリフさんは思い切った性格のようだ。私なら外国なんて怖くて無理だ。と言いつつも不可抗力とはいえ、海どころか空間を越えて来ちゃったのだけど。

 「言葉の心配とかなかったの?」

「そりゃあ猛勉強したさ。少しだけど、トーヤンとエンダストリア間で国交はあったから、何とか資料を手に入れたり、トーヤンに来たエンダストリア人に話しかけたりしたな。この辺の奴らは皆そうやってここに来たんだ」

「へえ、すごいね」

 この世界に来てから、積極的で行動力のある人によく出会うな、と思った。トリフさん、トニー、それから行き過ぎだけどリリー、種類は違うけどルイ、子供みたいに突っ走るけどバリオスさんも。そして私自身もこっちに来てからかなり行動するようになった。でも充実している。必死にならなきゃ生きていけないこの世界と、其の日暮らしでダラダラしてても生きていける元の世界。全く正反対だけど、だんだんどっちの世界も好きになりつつある。

「すごいねって…あんた…えーと」

「沙弥よ」

「そうか。サヤも言葉勉強してここに来たんだろ?発音が現地人並に良いけど」

「…ああ、このピアス、翻訳してくれる魔術具なの。これがなきゃエンダストリア語なんて全然分からないわ」

私はピアスの付いている方の耳をトリフさんに向けた。

「うわあ、そんなものがあるんだ!さすが魔術大国だな」

「そうよね。便利でほんと助かってる」

 こうやって一人、また一人と親しい人ができてゆく。もし帰還方法が分かったら、私はその時もまだ心から帰りたいと思えるだろうか。

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