喧嘩するほど仲が良いもの(6)
あんなことがあったから、とディクシャールさんは王宮の門前まで送ってくれた。はっきり言ってこの人に気を使われると、気持ち悪くて鳥肌が立つ。
悪寒に耐えながら門の手前に着くと、ディクシャールさんは呆れ顔でため息をついた。
「はー…、そんな可愛げのない顔してると、フォンスに逃げられるぞ?」
「大丈夫です。ちゃんと胃袋は掴みかけ…って、今のどういう意味ですか?!」
逃げられるって、この性悪うさぎは私のフォンスさんに対する、ほんのりピンクな気持ちに気づいてるのか?
「意味か?そのままの意味だ。昨日のお前らを見てたら何となく分かった。あいつは色事には鈍感だから気づいてないようだがな。そうか、胃袋から攻略するのか。けっこうやるな、お前」
ディクシャールさんは意地悪そうに顔をニヤつかせて、平然と言った。
「あいつは鈍感って、ディクシャールさんは敏感なんですか?何か気持ち悪…いたたたたっ!」
最後まで言い終わらないうちに頬に激痛が走った。ディクシャールさんが私の頬をつねり上げたのだ。
「態度はツンケン尖ってる癖に、ここは柔らかいんだな」
そう言って彼は私の頬を開放した。
「豊齢線の皺が濃くなったらどうしてくれるんですかっ!」
「お前はたまに年を疑いたくなるようなことを言う。本当に二十歳そこそこか?」
行動が粗雑な上にデリカシーの無い男だ。
「私はここで自分の年を言ったことは一度もありません!」
「……、違うのか?じゃあいくつだ?」
「性悪暴力うさぎには、絶対教えてあげない」
からかわれると分かるネタをみすみすコイツに明かすなんて、できるわけ無いじゃないか。
「年頃の娘は難しいな」
まだディクシャールさんは私が1、2歳の差でムキになっていると思っているようだ。おまけに苦笑しながら言うもんだから、余計に腹が立つ。いつの間にか、最高のネタだと思っていた"うさぎ"も聞き流されてしまっている。
「……あれは…お前の友人じゃないか?」
プリプリ怒っていると、不意にディクシャールさんが言った。彼の視線を辿ると、少し離れた所にトニーが立っていた。司令官のディクシャールがいるからだろう、ビシッと直立不動でこちらの話が終わるのを待っているようだ。
「トニー!」
やっと会えた、我が心のオアシス!
ブンブン手を振ると、若干トニーの顔が引きつった。そうか、直属ではないとはいえ、おっかない上司が隣にいるんだった。
「ディクシャールさん、私はトニーと話してから帰るんで、もう行っていいですから」
「生意気な小娘だ…」
ディクシャールさんをシッシッと追い払って、私はトニーのところに駆け寄った。
「サヤ…恐ろしいことをしないでくれよ…。あの鬼熊司令官を犬のように追い払うなんて」
「鬼熊?ただの強面のうさぎさんじゃない」
「うさぎさん?!まさかそれを本人に…いや、いい。聞きたくない」
トニーは青ざめた顔で耳を塞いだ。まあ、聞きたくないって言うなら言わないが、現実逃避は良くないぞ。私みたいにポンッとトリップしちゃうんだから
「それより会えて良かったわ。トニーは初心者向けの魔術の教本持ってる?」
「ああ、持ってるよ。もうすぐ試験があるんだ」
「そっか、じゃあ使うよね……」
できればルイからよりトニーから借りた方が安全だと思ったのだけど、試験があるならバリバリ使ってる最中か。
「何?サヤも使うのか?」
「うん、ちょっとね。宮廷書庫のは難しすぎるから…。あ、いいのよ、気にしなくて。もう一人当てがなくもないから」
「他にも友達できたんだ。教本持ってるってことは王宮の人?」
「友達…ではないかな。あなたの先輩。ルイよ、書庫の番をしてるでしょ?」
あわよくばトニーから借りたかったけど、この際背に腹は変えられない。ルイに借りよう。
「キートさんのこと?ルイって呼んでるんだ。それなのに友達じゃないのか?」
「トニーって呼んでるなら自分もルイって呼べって言われたから。それに友達の先輩ってなんだか遠慮しちゃう」
おまけに物好きで積極的過ぎる、と言いたかったがやめた。先輩の悪口を後輩の前でするもんじゃないし。
「ああ、僕がよくサヤの話してるの聞いてるから、あの人の中ではもう友達なのかもな」
あなた本当に喋ってたのね…。ま、おかげで教本が手に入るからいいか。
「気さくな人だろ?」
「ええ、そうね…。すごーく気さくね」
あれは気さくの域を超えてるだろうが。まさか、トニー相手にも腰に手を回して囁いてるわけじゃ…!変な想像してしまったぞ。どうしよう、ルイにゲイ疑惑浮上だ!いや、私にもやってるからバイか?もうどっちでもいいや。今後ルイはそういう趣味の人だと思っておこう。人の趣味に口を挟むもんじゃない。
「そういえば、トニーは何か用事?私とディクシャールさんが話し終わるの、待ってたみたいだけど。」
「あ、うん。もういいんだ。キートさんが昨日、"お前の友達に会ったぞ"ってニヤニヤしながら言うもんだからさ。サヤのことかなって気になっただけだから…」
「…私のことでしょうね。二人とも、宿舎で私の話してるの?」
召喚のことは言ってなくても、あまり関係のない人に広まると面倒なことになりそうなんだけどなあ。それに自分の知らないところで目立ってしまうのは、かなり恥ずかしい。
「嫌だったならごめん。軍の宿舎にいると、皆女の子の話を聞きたがるんだ」
「うーん、嫌というか恥ずかしいかな。実物の私はこんなに地味だし。可愛くない奴ってよく言われるし」
そしてディクシャールさんが初対面で平気で喧嘩売ってくるような女だぞ。
「そんなことない!サヤは可愛いぞ!」
いきなりトニーが真面目な顔で言った。びっくりした、トニー、そこは流してくれていいのに。
だけど…
「ありがとう、優しいのね。でも不思議。ルイに言われるより、トニーに言われた方が嬉しい」
普段は鳥肌ものの言葉も、トニーの優しさで暖かい気持ちになる。これが彼にしかない魅力ということなのだろう。
「キートさんはもうそんなことサヤに言ったのか?!全く、手の早い人だ…。いいよ、僕の教本をサヤに貸す」
「えっ?試験勉強で使うでしょう?どうするのよ」
「僕のをサヤに貸して、僕はキートさんのを借りるんだ。今取ってくるから待ってて!」
「そんなの二度手間じゃない…ってちょっと?!」
トニーは私の言葉を最後まで聞かずに走って行ってしまった。
「さすが若い子は行動力があるわ…。」
こうして私は初心者向けの魔術教本を手に入れたのだった。