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用無し女の奮闘生活  作者: シロツメ
其の日暮らしの章
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喧嘩するほど仲が良いもの(5)

 「昨日調べたことは、誰かに話したかい?」

朝起きてからもまだ悩んでいるようだったフォンスさんが、玄関でようやく口を開いた。

「いえ、フォンスさんだけですよ」

「そうか。なら、救世主の知識については、見つけていないことにしてくれないか?まだ誰にも言わないでほしいんだ」

「元から言わないつもりです。同じことやれるって期待されても困るし、帰る方法とは関係ないことですから」

フォンスさんは小さく微笑むと、玄関を出た。

「いってらっしゃい……」

「行ってくるよ」

少し不安気に言ったら、今日は照れずに返してくれた。

 彼はいったい何に悩んでいるのだろう。電気の話で衝撃を受けただけにしては、ちょっと思い詰め過ぎだ。その衝撃を追い越した何かで悩んでいるのか。フォンスさんが話すなと言うなら勿論話さないが、何故なのか理由を言ってくれない。

 信用、足りないのかな。私はフォンスさんのこと信じきってるけど、彼はどうなんだろう。全てを話すには値していないのか。

 そこまで考えてしまうと、門を出ようとするフォンスさんを見ていられなくなって、今日も木の影から彼を見つめているリリーがこっちを向く前に玄関を閉めた。

 洗いものや洗濯を済ませ、窓からリリーが帰ったのを確認すると、私は宮廷書庫に向かった。

「確認いたしました。どうぞ」

ルイは日中だと真面目な兵士だ。仕事が終わりに近づくと途端に崩れるが。でも今はトニーに会いたい。気分が滅入っている時は、あの素直な少年に癒されたい。なんて本当に言ったら迷惑がられるかな。

 中に入り、昨日と同じ棚へ行こうとして、ふと足を止めた。あの建国史に書かれていた一部を思い出したのだ。あれには"異界とこの世界を繋ぐことに成功"、そしてそこから"異界人を引き込んだ" と書かれていたはずだ。ということは、世界と世界を繋ぐことさえできれば、そこを通って帰ることができるんじゃないだろうか。今回世界を繋いだのはバリオスさんだが、彼は命令には逆らえないから、もう一度やってほしいと言っても、困らせるだけだというのは想像がつく。バリオスさんが駄目なら自分でやるしかない。彼は確か、文献を参考に禁術となっていた召喚術を、自分で組み立てたはず。それは魔術の仕組みさえ理解すれば、応用で術が発動するという証拠だ。まずは魔術について基本的なことが書いてあるものを探そう。私に魔力があるとは思えないけど、その時は最悪バリオスさんの名前をたばかって、彼の部下を何人か捕まえてやるだけだ。

 「我ながら素晴らしい発想の転換だわ」

名案を思い付いたのに、書庫でたった一人だったから、自分で自分を誉めておいた。







 「もう閉館だよ」

急に声をかけられ、顔を上げると、ルイがいつの間にか隣にいた。

「ああ、ごめんなさい。つい夢中になっちゃって……」

入口の方を見ると、恐面が呆れたようにこちらを一瞥いちべつし、去るところだった。きっと昨日のように仕事が終わったことを報告に行くのだろう。

 「魔術の勉強をしてるのかい?」

ルイは私が片付けようとしている本をチラッと見て言った。

「ええ、まあ。エンダストリアは魔術が優れていると聞いたもので」

咄嗟に建国史で読んだ情報で答えた。彼が入ってくるのが昨日じゃなくて良かった。外国人が異国の王宮に入って王族の伝承なんて探ってたら、怪しいことこの上ない。

「そんな難しい本読んで解る?」

「いえ、実はあまり……」

 そうなのだ。魔術に長けた国の宮廷書庫に、初心者向けの本なんてあるわけがなかったのだ。仕方なくバリオスさんの翻訳機に「がんばれ!」と声をかけて、一番簡単そうなものを読み進めていったのだが…。言葉の意味は解っても、専門用語が多過ぎて理解できない。読解力にも限界がある。魔術の概念がないから色々想像で解釈しなければならない。そのうちこめかみが痛くなってきて、明日は知恵熱が出るんじゃないかと考えていたところに、ルイが声をかけたのだった。

「ハハハッ、そりゃ解らないだろうね。俺も解らないよ。それ、下級宮廷術師が研究のために読む本だから」

下級術師用とはいえ、専門書の部類だったのか。道理でちんぷんかんぷんなはずだ。

「やっぱり初心者向けじゃなかったんですね……」

「初心者向けなら俺が持ってるよ。軍に入ったら、兵士も一応魔術について習うんだ。その時のがまだあるはずだ。もう使わないから、貸そうか?」

「良いんですか?!あ…っ!」

勢いよく立ち上がったら、目眩めまいがしてよろけた。

「おっと、大丈夫?」

すぐ隣にいたルイが、私の腰に手を回して支えた。

「ご、ごめんなさい!ずっと座ってたから、ちょっと立ちくらみしちゃったみたいです。あの、もう大丈夫ですから…」

思わぬ形でルイの胸元に飛び込んでしまい、動揺してすぐに離れようとしたが、何故か中々腰の手を離してもらえない。

「固いよ」

「え?」

「あいつにはもっと砕けてるんだろ?」

あいつ、とはトニーのことだろう。確かにトニーとは初対面から砕けていたけど、それをルイにもしろということなのだろうか。

「あの、あなたはトニーの先輩だし…。友達の先輩にそんな砕けて良いものなのか……」

「何で?年は同じくらいなんだろ?俺はサヤと親しくなりたい」

これはもしかして口説かれてるのか?いやいや有り得ん、ありえんぞ…。昨日が初対面の外国人相手に、何を考えて口説いてるんだ。でも今何気に腰の手に力が入ったような。最近の若い子は理解できません!

「耳赤いよ。可愛いね」

「か、からかわないで!」

耳元で言われたら赤くもなるわっ!くそうっ、何か腹立ってきた。翻弄ほんろうされて惚れるような年は、とっくに過ぎたんだよ!

「明日も来るなら、帰りに初心者向けの本、貸すよ」

だから腰の手を離してくれ!もう誰でも良いから助けてえ!!

 「何をしているっ!」

聞き覚えのある怒声が響いた。

「うさ…、ディクシャールさん」

訂正する。誰でも良くなかった。こんな見っとも無い姿、こいつには見られたくなかった……。

 すっとルイの手が離れる。

「勤務中ではないのか?そうでなくとも場をわきまえろ!もう行け!」

「はい」

ディクシャールさんの恫喝みたいな怒声に怯んだ風でもなく、ルイは返事をすると、あっさり書庫を出て行った。

 「……、お前なあ……」

「不可抗力ですから」

「俺にあれだけ食ってかかれる女が、あんな餓鬼相手に何をやってるんだ」

ディクシャールさんとはまず出会い方から違うのだから、仕方ないじゃないか。

「堂々喧嘩売られるのと、きわどい距離で口説かれるのとでは訳が違います」

「ふんっ、お前にも小娘らしいところがあったんだな」

もう何とでも言ってちょうだい。いい年して年下に「可愛いね」なんて言われた日にゃあ、逆に情けなくて落ち込むわ。

「フォンスの部下だろう?近づかれるのが嫌なら、奴に報告しておこうか?」

「いえ、余計な心配はかけたくないんで。大丈夫です。今回はびっくりして駄目だったけど、次はちゃんと自分であしらえます」

ルイからは初心者の魔術本を借りなければいけない。ここで切ったらまたふりだしに戻ってしまう。

「あしらうって…若い娘が年増じみたこと言うんじゃない」

本当にムカつくうさぎだ。事実、年増なんだよ!助けてくれたから、ちょっとは見直そうかと思ったけど、やっぱりやめた!


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